未来像を考えてモノに形を与えていく-桑沢が考えるこれからのプロダクトデザイン

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未来像を考えてモノに形を与えていく-桑沢が考えるこれからのプロダクトデザイン

日本初のデザイン学校として、1954年に誕生した桑沢デザイン研究所(以下、桑沢)。ドイツの芸術学校「バウハウス」のデザイン教育をベースに、常に「その先の時代」に必要な視野の持ち方や思考力、創造力を育むカリキュラムを取り入れ、優れたデザイナーを多数輩出してきました。

今回フォーカスするのは、桑沢の夜間部プロダクトデザイン専攻です。多様なバックグラウンドを持つ人たちが学び、デザインの新しい流れをつくってきた桑沢ならではの教育を紐解きます。

プロダクトデザインは、私たちの日常生活で目にするものすべてに関わるだけに、誰にとってもなくてはならないもの。目まぐるしく変化する社会の中で、プロダクトデザインが果たす役割も変化しています。プロダクトデザインを取り巻く思考や環境の変遷、これからのプロダクトデザイナー像などの話題も交え、桑沢の同分野専任教員である本田圭吾先生と喜屋武タケル先生にお話を伺いました。

プロダクトデザインの「考え方」と「表現技術」を伝える授業

――まずはお二人が桑沢の夜間部で担当している授業について教えてください。

本田圭吾さん(以下、本田):1年次には、プロダクトデザインの成り立ちやプロダクトデザイナーの役割、責任なども含めて伝える「プロダクトデザイン論」、2年次には桑沢での学びの集大成としてコンセプトモデルを制作する「企画デザイン」を担当しています。おもに僕がプロダクトデザインの「考え方」を、喜屋武先生が「表現技術」を教えているイメージです。

本田圭吾(桑沢デザイン研究所 プロダクトデザイン分野専任講師)
東京造形大学卒業。スノーピークを経て現職。サステナブルデザイン、エコデザインをベースにデザイン教育に携わる。スノーピーク「テイクチェア」などでグッドデザイン賞ほか受賞多数。JIDA エコデザイン研究会代表、東京都中小企業振興公社専門指導員、東京造形大学非常勤講師。

喜屋武タケルさん(以下、喜屋武):そうですね。1年次はスキルトレーニングに重きを置いた授業が多く、スピードシェイプについてアイデアスケッチをもとにクレイモデルやハードモデルを制作する「モデリング」と、表現スキルの補講としてPhotoshopを使用したデジタルペイントを教えています。2年次になると、卒業生作品展に出品する作品を制作する演習授業のひとつ「プロダクトデザインG」があります。「通信機器」というキーワードをもとに新しい道具のあり方やコンセプトを考えて、モックアップモデルを制作していきます。

喜屋武タケル(桑沢デザイン研究所 プロダクトデザイン分野専任講師)
桑沢デザイン研究所卒業。2006年栗原典善氏率いるカーデザイン会社NORI, inc.に入社。2020年同社代表取締役に就任。自動車の内外装デザインを中心にモーターサイクル、建設機械などの工業製品から、イベント用モニュメント作品まで幅広く手がける。

――桑沢の専任教員に就かれるまでの経歴も教えていただけますか?

喜屋武:僕は2006年に桑沢を卒業し、同じく桑沢出身であり当時の先生でもあった栗原典善先生のカーデザイン会社「NORI, inc.」に入社しました。2020年には彼の後を継いで代表になりました。「NORI, inc.」では、モーターショーに出展するようなコンセプトカーから量産車の先行開発まで、さまざまな自動車の外観やインテリアをデザインしているほか、クレーン車やパワーショベルといった建設機械なども手がけています。

喜屋武先生によるコンパクトカーのデザイン提案

喜屋武先生がデザインを行った、グッドデザイン賞受賞のクローラークレーン

喜屋武:カーデザイン業界に携わるようになったのは、栗原先生の影響が大きいですね。学生時代にはポートフォリオを見てもらったり、事務所での実習に参加させてもらったりするのがとても楽しく、そのまま就職しました。実は自動車の知識はそれほどなかったのですが、実務で関わっていくうちにどんどん興味が湧いてのめり込んでいきましたね。

本田:デザインを学ぶ過程で、興味の対象は変わることってありますよね。僕は逆にカーデザイナーになりたくて東京造形大学に入学したんですが、途中から家具デザインが面白くなって方向転換したんです。卒業後はアウトドアメーカーの「スノーピーク」に就職し、折り畳みの椅子やテーブルなどのファニチャーのほか、テントやクッキング用品などアウトドアプロダクト全般のデザインを担当しました。

桑沢の専任教員になったのは2004年です。並行して、系列校でもある東京造形大学でエコデザインやサステナブルデザイン分野の非常勤教員や、東京都中小企業振興公社の専門指導員としてデザイン経営のコンサルティングをしています。

(左)スノーピーク アメニティドーム/2002年 ナイロン及びポリエステルファブリック、ジェラルミン
(右)スノーピーク Take! チェア(テイクチェア)/1998年 竹集成材、アルミニウム、コットンキャンバス
【両写真提供:株式会社スノーピーク】

モノからコトへ。本来の姿に回帰しているプロダクトデザイン

――今回、プロダクトデザイン分野の専任教員であるお二人に、社会の中でのプロダクトデザインについてのお話も伺いたいと思います。まずはここ最近で感じられた、プロダクトデザイン業界の大きな変化を教えてください。

喜屋武:僕が専門とするカーデザインに関して言うと、2014年あたりからインテリアが一気に変わったなという印象があります。変化のきっかけは、自動運転という新しい技術が登場したことですね。同時にデジタル化も進んで物理スイッチが減り、タッチパネルが多用されはじめました。また、ドアミラーも進化し、車載カメラの映像を車内のディスプレイに映し出す電子ミラーシステムの登場も大きな影響を与えました。

本田:プロダクトデザイン業界全体の大きな変化で言えば、2000年ぐらいを境に大量生産のモノづくりからパーソナルな少量生産に移行しています。みんながネットワークでつながって情報を共有するようになり、それと同時に技術も進歩し、3Dプリンターや3Dのアプリケーションが普及して、誰もがモノづくりにチャレンジできるようになったんです。

さらに、サブスクリプションやシェアリングの仕組みも一般化して、個人でモノを所有する意味が薄れていますよね。その代わりに求められるようになったのが、行動や体験のデザインです。

――モノのデザインから、コトのデザインへと変化したと言われていますよね。

本田:そうですね。でも元来、プロダクトデザイン=モノのデザインだったわけではないんですよね。使う人が「どのようにしたいのか」「どのようになりたいのか」を、モノを通して提示する役割を持っていたんです。だから今は、コトをデザインするというプロダクトデザイン本来の姿に原点回帰している感覚があります。

喜屋武:今で言う、ユーザーエクスペリエンス(UX)もまさにそうですね。実は僕、本田先生の教え子なんですが、先生から「プロダクトデザインはコンセプトが大事。それは、ユーザーにどのような体験をしてもらいたいのかを考えること」だと教わっていて。コンセプトとUX。言葉は違いますが、学生時代からコトのデザインをしていたんだなと実感しました。

使い終わった後までを考えるのが、デザイナーの責任

――近年は、「エコ」や「サステナブル」というキーワードも注目されていますよね。

喜屋武:そうですね。昔は「安くつくりたい」だったのが、今は「環境に配慮した素材を使いたい」という視点が求められています。

本田:ただ、エコデザインやサステナブルデザインとは、環境のためだけのものではないんです。SDGsには環境のほかにも教育やジェンダーなどを含む社会の大枠があって、それらはすべて未来に向けて人間のために考えなければいけないことです。一つしかない地球で100億人暮らしていく持続可能な世界を実現するために、プロダクトデザイナーは何ができるのか。「こんな世界になったらいいなあ」「それには、こんな生き方・暮らし方が必要だね」といった、あるべき未来像を考えて形を与えていくのがこの職業の使命だと思うんですよね。

喜屋武:本田先生が前職でデザインした製品にも、エコやサステナブルの視点から生まれたプロダクトがありますね。素材は竹でしたっけ?

本田:はい。竹を使ったデザインの研究は、学生時代からのライフワークになっていますね。竹は成長スピードが速くて、7年間で木材と同等に使用できます。木材の代替素材としても注目されている素材なんです。例えば30年かけて生産した木材で商品をつくっても、それより消費のスピードが速いと樹木は減ってしまいますよね。環境に配慮した素材であると同時に、強度もあって素材感が独特な点も魅力です。

本田先生がプロジェクトを主催する、スペダギ・バンブーバイク。竹や多摩産材などの多摩地域にある自然素材を活用し、地産地消を目指したランニングバイクの開発と制作を行っている。

喜屋武:本田先生は、こういった研究を踏まえてどんな話を学生にしていますか?

本田:プロダクトデザインとは、モノを生産するところから処理されるまでのプロセスを考えることだと話していますね。それから、さっき「所有からシェアへ」と言いましたが、今まで自分が所有していると思っていたモノも、大きく見れば地球から素材をシェアさせてもらっているだけなんですよね。使い終わったらリユースやリサイクルができるモノがよいのですが、できない場合は廃棄されてしまう。道具として世に出す以上は、できるだけ長く存在し続けたほうがいいですよね。そういったことを含めてデザインするのが大切だと伝えています。

主体的に体感することにウエイトを置く桑沢の夜間部

――お二人が教えている夜間部は、2021年度からカリキュラムも新しくなったそうですね。

本田:はい。多様なバックグラウンドを持つ人たちが、より通いやすいカリキュラムに変更しました。必ず登校しなければいけない日を減らして、その分、自ら主体的に課題に取り組んでもらう時間を増やしています。

喜屋武:学生一人ひとりのライフスタイルに合わせて、無理なく通学してほしいですから。とはいえ、課題数や授業の密度は従来通りです。忙しさは変わらないし、自ら考えて手を動かしていかないと、課題提出に間に合わないという……(苦笑)。

本田:そうですね(笑)。でも2年間でデザインを理解し、表現する力をつけて、就職活動に必要な作品を制作していく。そのレベルはしっかりと担保しています。

――教える側として、心がけていることはありますか?

本田:見る、触れる、体感する。さまざまな体験を通して、デザインを学べるように心がけています。今は、大量の情報が簡単に集められてしまう時代なので、それで分かった気になるのではなく、きちんと理解して体得してほしいんです。

喜屋武:渋谷に学校があるという地の利もうまく使ってほしいですね。授業で気になったことがあったら「見てきます!」「買い出しに行ってきます!」と、すぐに実行に移せるのは桑沢のいいところです。

――学生のアウトプットの仕方も、ここ数年で変化はありましたか?

喜屋武:ひと昔前は、「携帯電話をつくりたい!」「PCをつくりたい!」など、モノの形がまずあって、その後に「コンセプトはどうしようか?」と理由づけを考える学生が多かったんですが、今の学生はつくるモノすら考えずに最初にコンセプト(コト)を考えて、最終的にそこにフィットするモノに落とし込んでいくんです。昔とは、デザインを考える順番が変わってきていますよね。

本田:それはありますね。今の学生は、モノ自体はすでに手に入れているんですよ。だから、「どのような体験があったら楽しいか」「そのためにはどんなモノが必要なのか」「それはなぜ?」と深堀りしていけるんです。でもその答えは、これまで世になかったモノである可能性もあるわけで。参考になるのは、過去のプロダクトではないんですよね。

過去に行われた授業の様子

2年間で、未来のビジョンを描く力が身につくカリキュラム

――新しい価値観を持つプロダクトデザインというと、とても難しい挑戦だと思うのですが……。

喜屋武:夜間部2年次の授業は、制作するモノすら指定しないですからね。例えば、冒頭に話した「通信機器」をキーワードに商品デザインを考える授業では、「何か通信するモノ」というざっくりとしたテーマを投げかけています。すると学生は、「通信」という言葉について深堀りしたり、「モノじゃなくて、こうやって話していることも通信かもしれない」などと解釈を広げていったり。これから何が生まれるのかまったくわからない、いい意味でスリリングな授業ですね。

本田:どうやってデザインするんだろうと僕も思うことがあります(笑)。ヒントは、人間の行動かもしれないですね。通信のプロダクトというとまず電話を想像するかもしれませんが、携帯電話やスマートフォンと新しいモノが登場するたびに用途や意義も変わり、私たちの行動も劇的に変化してきました。つまり、通信をデザインすることは、人間の行動をデザインすることでもあったんですよ。

喜屋武:このような思考のベースにあるのは、本田先生の1年次のプロダクトデザイン論です。この授業があるからこそ、「こういう目的のモノをつくるんだったら、デザインにはこういう条件が必要で、こんな機能も必要だよね」と、自分自身で考えられるようになる。プロダクトデザイナーにはスケッチやモデリングなどの表現技術ももちろん必要ですが、その前にまず思考力ですね。

過去に行われた授業の様子

本田:きちんとビジョンが描けてさえいれば実はそれほど難しいスキルではないんですけどね。でも、ビジョンが漠然としていたら、何も発想できません。だから、考え方をしっかり教えることは夜間部でも注力していますね。

変化を観察し、使う人の視点からデザインを考える力を育む

――これからのプロダクトデザイナーに求められるのは、どんなスキルでしょうか。

喜屋武:人間の行動を理解するための、観察力ですね。そして、変化を感じ取って、何がどう変わっていくのかを予想していく力。それらを磨くためには、さまざまな角度からモノを見て、インプットする必要もあります。

本田:そうですね。モノを観察することも必要ですが、人を観察する力は欠かせませんね。モノの先には「使う人」が必ずいるわけですから。自分の使いたいモノではなく、使う人の視点で考えること。そして、それをプロダクトデザイナーの視点で具現化していくこと。この2つの視点を捉えられる人が求められると思います。

――ありがとうございます。最後に、桑沢夜間部に入学を考えている方にメッセージをお願いします。

喜屋武:桑沢の夜間部のいいところは、年齢や職歴、持っている価値観も多様な仲間と一緒に、刺激を受け合いながら学べることです。ここで培った経験が、そのまま卒業後も武器として生かされていくと思います。

本田:やっぱり大事なのは、体験することだと思うんです。プロダクトデザインという共通の目的で勉強をしているクラスメイトと、リアルな体験をたくさん重ねていくことが重要です。桑沢夜間部には、その環境が用意されています。多くの方に入学してほしいですね。

取材・文:佐藤理子(Playce) 撮影:中川良輔 編集:石田織座(JDN)

■桑沢デザイン研究所 夜間部特設サイト
https://www.kds.ac.jp/yakan/
■桑沢デザイン研究所
https://www.kds.ac.jp/