ISSEY MIYAKEの新しいかたち 近藤悟史インタビュー

ISSEY MIYAKEの新しいかたち 近藤悟史インタビュー

現在、全国の店舗ではISSEY MIYAKE2023年春夏の衣服が展開中である。2022年9月に発表されたこのコレクションは、世界的なパンデミックの影響で約3年ぶりとなるパリでのランウェイで、三宅一生氏の急逝後初となるコレクション発表でもあった。

三宅一生氏という大きな存在をなくしたいま、デザイナーの近藤悟史氏が率いる7回目のコレクションはどのような考えやプロセスで生まれたのか。また、その後の23年秋冬コレクションはどのような変化があったのか。23年春夏コレクションを中心に、ISSEY MIYAKEの2023年度のコレクションに迫る。

土をこねるところから

2022年9月30日、パリ・イベントセンターにてISSEY MIYAKEのコレクションが発表された。パリ市内から少し離れた巨大な施設に集まった約1,000人の観客は、久しぶりのISSEY MIYAKEの発表に胸をふくらませた。コレクションのテーマは「A Form that Breathes —呼吸するかたち—」。会場の中心には巨大彫刻のようなオブジェがそびえ立ち、一台のピアノが置かれていた。音楽を担当したのは、フランスを拠点に活動する作曲家兼ピアニストの中野公揮氏だった。

ISSEY MIYAKE

会場で音楽を担当した中野公揮氏 (写真提供: ISSEY MIYAKE INC.)

「今回は新しいかたちやプロポーションを模索するコレクションをつくりたいと思いました。大きなきっかけとなったのは、ロダンとアルプという二人の彫刻家を題材にしたバイエラー美術館(スイス)での展覧会です。会場内でおこなわれたローザスというダンスカンパニーの公演映像を見たとき、身体性と彫刻の重なりに、心が解放された気がしました。身体を大切にしながら、新しいシルエットを探りたかったんです」と、近藤氏は振り返る。

近藤悟史 ISSEY MIYAKE

近藤悟史 ISSEY MIYAKE ウィメンズ デザイナー。2007年に上田安子服飾専門学校を卒業後、株式会社イッセイ ミヤケに入社。「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE」、「HOMME PLISSÉ ISSEY MIYAKE」のデザインチームを経て、2017年株式会社三宅デザイン事務所に移籍し、さまざまなプロジェクトに携わる。2019年 ISSEY MIYAKE ウィメンズのデザイナーに就任。

23年春夏は、近藤氏にとって7回目のコレクションだった。「シーズンを重ねるごとにチームができることも増えてきた」と話すように、これまでも布や糸などの素材開発や新しい見せ方を続けてきた。しかし今回は新たな挑戦として「新しいかたち」をつくることを心がけたという。

コレクションのリサーチは、当初「柔らかなスカルプチャー」がコンセプトだった。彫刻をどう柔らかく表現するか、身体性を感じつつも新しい違和感をどう与えられるかを考え、ロダンとアルプのほか、ブランクーシなどさまざまな彫刻家をリサーチ。新しいかたちを模索するために、あえて衣服から離れたところからスタディをはじめたそうだ。

デザインチームが制作した彫刻

多くの彫刻家はトルソという胴部像を作品として残しているが、近藤氏とデザインチームは彼らのつくる削ぎ落とされた身体からインスピレーションを受けながらも、最終的に「自分たちなりのトルソ」づくりをはじめた。

「具体的に肉体を表現している彫刻から、身体かどうかわからない抽象まで、さまざまな彫刻家のトルソをリサーチするなかで、自分たちでも土をこねて彫刻創作をおこないました。過去の作品から影響を受けるだけじゃなくて、自分たちで手を動かし、ものを触りながらたどり着くかたちにしたかった。自分たちなりのトルソでないといけないと思いました。そこで生まれたかたちを応用したランウェイのファーストルックには『TORSO(トルソ)』という名前を付けました」。

「一枚の布」に立ち返る

彫刻をもとにつくられたパターン

今回のコレクションではさまざまなシルエットが登場したが、多くにはほとんど接ぎ目(はぎめ)がない。ISSEY MIYAKEのルーツとも言える「一枚の布」から生み出されている。

「もちろん接ぎ目を多くしてかたちをつくる方法もあります。でも、一枚の布で身体を包み込むことで、より強くその内側にある身体性を感じさせられるのではないかと考えました。ある人の身体が入ったとき、ボリュームが出るところが違ったり、落ち感ができたりすることで、その人だけのシェイプになる。身体を通すことで、見えるフォルムを変えたいと思っています」。

彫刻との大きな違いはこの部分にあるのかもしれない。一般的に硬質な素材で一つの形状を見つける彫刻に対して、近藤氏らは身体を通したときに変化するフォルムを見据えてつくっている。最終的に今回のコレクションは「一枚のパターン、一枚の布で抽象的にかたちをつくる」こととなった。

身体を包むという点において、23年春夏コレクションでは無縫製ニットも多く登場した。

「一つの身体を石から削り出すような感覚でした。面白い技法を考えていたときに、異なる要素を組み合わせることで新たなフォルムを生み出すアッサンブラージュという方法を、彫刻から学びました。素材開発や研究を進めるなかで、ニットにおいても新たな凹凸感や伸縮性など、まだあまり見たことのないような表情の試作を続けてきたので、アッサンブラージュによって違和感のある新しいフォルムを生み出せました」。

彫刻のリサーチとフォルムのスタディからはじまったものづくりだったが、最終的にはその技法を学び、自身らが彫刻家のように衣服を構築するようになったのかもしれない。アッサンブラージュ(フランス語で寄せ集めるなどの意味)というロダンも多くとった技法を衣服のプロセスに置き換え、新しい視点を取り込んだ。

2023年春夏で登場したニットたち

また、23年春夏コレクションもISSEY MIYAKEらしさのある鮮やかな色彩が見られるが、今回の色彩は岩絵の具(自然由来の染料)からカラーパレットを制作したという。

「ロダン彫刻のような白や深い緑、黒のグラデーションがあり、ところどころに強い鮮やかな色彩が重なり、最後は肌の色の世界にしました」と、近藤氏は話す。彫刻という物質的なものであるからこそ自然由来の染料から色を取りたかったという。石や土から生まれる自然の持つ色が23年春夏のコレクションに合致した。

ISSEY MIYAKE23年春夏コレクション

肌の色の世界へ

23年春夏コレクションの発表会場には、コンセプトの書かれた紙とともに一枚の生成りの和紙が置かれていた。この和紙は、23年春夏コレクションのために東レ株式会社とともに開発した、原料が植物由来100%素材の残反(生産過程で出てしまう余った素材)を和紙とともに漉(す)いてつくったものだという。一枚の大きな紙から切り出すのではなく、一枚ずつそのサイズに漉いた「一枚の紙」には、以下のメッセージが書かれていた。

We see design as a process driven by curiosity, built upon a comprehensive exploration— bringing joy, wonder, and hope to life, and of course with a touch of playfulness.

私たちにとって、デザインは、好奇心に導かれる、突き詰めた探求に基づいたプロセスであり、人々の生活に喜び、驚き、希望をもたらす、もちろん遊び心も欠かさずに。

23年春夏コレクションの会場で配られた生成りの和紙

静寂からはじまったコレクション発表は徐々に高揚し、さまざまな肌の色を思わせる衣服によるダンスで最高潮となり、自由に飛び跳ねるダンサーとモデルたちによるフィナーレを迎える。冬が明け、春の到来を感じさせる力強さを持っていた。偉大なるデザイナーの逝去を惜しみつつも、全力で前を向きながら新しいISSEY MIYAKEをつくり続けるという意思にあふれていた。

「より裸に近い感覚ではあるけれど、新たなフォルムによる身体性を感じつつも、肌色のグラデーションだけでまとめました。歓びと豊かさを表現したかったんです。動くことでさらに美しく見える表現がしたかった。特に、一生さんが亡くなってはじめての発表だったこともあり『前を向いてしっかりと進んでいく』という思いも込めていました。ただ進むだけではなく、多様性を意識しながら、自由によりものづくりを解放しながら進んでいく、というメッセージです。自由に楽しく進んでいったら、その先に何か明るい希望があるのではないかという感覚でした」。

フィナーレの様子(写真提供: ISSEY MIYAKE INC.)

次に進むチーム

23年春夏で新しいかたちへの取り組みを始めたチームは、23/24年秋冬コレクションでもその模索を続ける。ただし、彼らが目指すのはただ新しさだけではない。

23/24年秋冬コレクションの様子(写真提供:ISSEY MIYAKE INC.)

「面白くても、美しくなければ意味がない。面白くなくても美しいものには、意味があるとは思います。身体を一番根源的なものとして置いていれば、常に美しいものがつくれるんじゃないかと思っています」。

ISSEY MIYAKEの服には常にこの態度があると感じる。どんなに斬新に見えても着る人のことを決して忘れていないから、動きやすく、扱いやすく、それでいて美しい。近藤氏も「これは一生さんの教えだと思う」と話す。三宅一生氏という大きな存在は、もう近くにはいないかもしれない。しかし、彼らが受け取ってきたものは大きかった。

「一生さんはいつも、前に進みなさい、Beyond(前へ)という言葉をよく使っていました。あれだけすごいものを生み出してきたけれど、過去を振り返らなかった。常に新しいものに挑戦しようという思いで、どんな時でも前を見ていなさいと言われ続けてきました」。

23/24年秋冬コレクションの様子(写真提供:ISSEY MIYAKE INC.)

先日、近藤氏にとって8シーズン目のコレクションが終わったが、3シーズンずつ新しいことに挑戦している感じがあるという。最初の3シーズンは多様性や歓びがテーマで、4〜6シーズンは自然が持つ美しさを意識した。そして23年春夏の7シーズン目からは、新しいフォルムを追求している。

8シーズン目のテーマは「The Square and Beyond」だった。「四角」という型(かた)で創作をはじめる慣習を見つめ直し、合理的な形状による服づくりだけでなく、そこには留まらない発想と技術を用いて、さまざまなフォルムへと発展させた。

「四角い布という概念を一度なくしたいと思っています。どうしてもいい意味でも悪い意味でもISSEY MIYAKEっぽくなりすぎてしまう。でもいまは自由なかたちを模索しています」。

ISSEY MIYAKEは止まらずに、前を見ている。これからも衣服を通じて人々に自由と歓びのあり方を伝えてくれるだろう。

近藤悟史

取材・文・編集:角尾舞 写真:嶌村吉祥丸