1969年に誕生した「849」は、今年で50周年を迎える。6月8日、6月9日に銀座伊東屋にて開催される50周年記念イベントを前に、カランダッシュジャパンの代表取締役を務める宮地寛典さんに「849」の魅力、ブランドとしてのカランダッシュのものづくりについてうかがった。
鉛筆工場として1915年にスタート。カランダッシュ「849」が生まれるまで
カランダッシュは、1915年にスイスのジュネーブで鉛筆工場として誕生しました。現在四代目の家族経営で、今もジュネーブの本社と工場で熟練の職人が丁寧に製品を作っている、スイス唯一の筆記具画材ブランドです。
スイスでは、小学校に入学すると国からカランダッシュの鉛筆や色鉛筆を支給されるんですよ。スイスの学校に通った国民のほぼ100%はカランダッシュを知っているだけではなく、実際に使ったことがあるんです。
たとえば、スイスの郵便配達の人がポケットにカランダッシュのボールペンを差していたりする。スイスでカランダッシュは、そんな日常的な存在なんです。
鉛筆作りからはじまったカランダッシュが、ボールペンや万年筆といった筆記具を作るようになったのは、当時の時代背景が大きく影響しています。
1929年、物資が不足していた時期に、鉛筆を作るための木がなくなってきたんです。そこで「フィックスペンシル」、現在のシャープペンシルの原形を、世界で初めて作ったのがカランダッシュでした。
その後、1953年に「エクリドール」という六角形のボールペンが誕生。のちの1969年に、同じく鉛筆から着想を得たフォルムでもう少しカジュアルなものとして生まれたのが、今年で50周年を迎える「849」コレクションです。
「849」が生まれた1969年は、人類がアポロ11号で初めて月に降り立った記念すべき年。当時の60年代は、ビビットでポップなクリエイティビティやカルチャーが背景にあったので、「849」にはそういった時代の空気が反映されています。
「エクリドール」は金属に彫刻することで装飾していたのですが、「849」はアルミニウムのボディの上にペインティングを施しているので、デザインの自由度が上がったんです。ボディやメカニズム自体はクラシックでシンプルなものでありながら、カジュアルに楽しむことができる。自社で画材の製造もしているカランダッシュが、ペンをキャンバスに見立ててクリエイティビティを発揮した。それが「849」の成り立ちなんです。
バウハウスと繋がる、機能を追求したシンプルな構造
スイスにおけるデザインは、ドイツのバウハウスと繋がるような、機能を追求することでシンプルに、余計なものを削っていくという考え方。何が重要なのかを突き詰めることが大事で、残された要素の精度を高めていく。
「849」や「エクリドール」のボディは一体構造になっています。通常の筆記具はいくつかのパーツが組み合わさってできているので、通常継ぎ目があるものなんですが、カランダッシュの筆記具は、ボディとノックボタン、クリップ、ばね、この4つのパーツだけなんですよ。シンプルにすることで、故障が少なく、機能面での狂いが少ない。壊れることがあったとしても、必要最小限の作業ですぐに修理できる。シンプルにするというのは実は大変な作業で、パーツそれぞれの精度をミクロン単位で上げていかないと、こういったシンプルな構造はできないんです。
「エクリドール」の原形となる「フィックスペンシル」が生まれた1929年に、人間工学に基づいた、とても使いやすく、取り回ししやすいサイズ感にデザインされています。当時の時点で既に考え抜かれているので、基本的なデザインは現在も変わっていません。
中に入っているカートリッジは、ゴリアットカートリッジという名前があります。ギリシャ神話に出てくる巨人、ゴリアテから名付けられてるんですが、インク容量が大きく、頼りがいがあるという意味が込められています。カートリッジ自体に名前を付けるブランドってあんまりないですよね。それだけ自信を持って作っているんです。
カートリッジには書き味を決めるボールが付いています。ボール自体が欠けたり傷ついたりすると、かすれたり出なくなったりしてしまうので、カランダッシュはボールの材質にタングステンカーバイドという、ダイヤモンドに匹敵する硬度の高いものを使用しています。
さらに、インクタンクからボールにインクを送り出す軌道が、通常は2、3本が主流のところ、カランダッシュは5本ある。そうすることで、送り出されるインクが分散されて、スムーズにインクが出るんです。油性インクは粘度が高いので詰まってしまうことがあるんですが、5本の軌道があるため、バランスよくインクを送り出すことができるので、最後まで使うことができる。
ブランドとしては、ボールペンをどんどん売るためにそんなに長持ちさせてどうするんだというのはありますが(笑)、カランダッシュの筆記具っていうのは、使い捨てではなくて、良いものを長く使っていただくことに視点を置いているので、お客さまにとって一番いいものは何なのか考えた上で、そういった結論に至っています。
「手書き」の意味の変化と、手の延長としてのボールペン
デジタルの機器がこれだけ普及してくると、もう筆記具はいらないんじゃないかとおっしゃる方いらっしゃるんですけど、我々としては決してそうではないと思っています。
デジタルの機器に求めるものと、手書きに求めるもの、それはどちらが優れているということではないと思うんです。スマートフォンは、とりあえず記録したり、メモとしての使い方には向いていて、とても便利だと思うんですが、一度記録したものを「手書き」を通して見直して考え直したり、自分の中のクリエイティビティを引き出す行為としての「手書き」というのは、すごく意味があると思うんです。
ふとした瞬間に思ったことを書きとめようしたときに、文字がかすれたり引っかかったりということがあると、それで作業が止ってしまうんですよね。持ってることを忘れるくらい、自分の手の延長としての道具が、ちゃんといい働きをするということ。そのために、自分が気に入った一本があることが大事だと思います。
手書きしかなかった時代は、書くことが手段でしかなかったと思うんですが、「書くこと自体を楽しむ」「楽しむために書く」といった方が増えてきているのを感じます。デジタル機器が普及すればするほど、手書きの良さが再発見されたんじゃないかなと思うんです。
使ってみることで気づく、カランダッシュの奥ゆかしい魅力
「849」は、クリップの下の見えないところにカランダッシュのロゴが入っているんですよね。目立つところにロゴを入れるのが普通だと思うんですが、そこがものづくりの国であるスイスの奥ゆかしさなんです。
カランダッシュはプレゼント需要がかなりあるんですが、ギフトとしてもらった人が、あらためて自分用に買うケースも多いんですよ。実際に使っていただくことで、その魅力に気づいてもらえることが多いんです。
6月8日と6月9日に銀座の伊東屋さんで開催する「849」50周年イベントでは、そういった実際に手に取っていただくことで感じていただけるカランダッシュの魅力を伝えることができればと思っています。ほかにも、異なる業界のプロフェッショナルから見たカランダッシュの魅力を語るトークショーや、「849」を使ったワークショップなども企画しています。「849」のデザインが常に新しいものを取り入れて進化していくように、そのデザインの源流である、現代的でスタイリッシュなスイスの新しい一面を紹介できればと思っています。
撮影:葛西亜理紗 取材・編集:堀合俊博(JDN)
「849」50周年アニバーサリーイベント「メゾン ド カランダッシュ」
【開催期間】
2019年6月8日(土) 10:00~20:00
2019年6月9日(日) 10:00~19:00
【会場】
銀座 伊東屋 G.Itoya 10F HandShake Lounge
【参加費】
無料(ワークショップのみ有料。下記URLよりお申込みくださ