【いま注目の産地のブランド力】季節を纏う手ぬぐい「hirali」、産地の技術を残してゆくために

【いま注目の産地のブランド力】季節を纏う手ぬぐい「hirali」、産地の技術を残してゆくために

ひらり。

布や紙が風に舞うような擬音語を冠したブランド「hirali(ひらり)」。ロール捺染(なっせん)による独自の両面染色技術をもとに、「重ねの色目」という日本古来の色彩文化に着想を得たブランドです。2017年に誕生したばかりですが、代官山蔦屋書店やD&DEPARTMENTのフェアで商品が取り扱われるなど、注目を集めています。

http://takenosenko.jp/hirali/

hiraliイメージ画像

商品は現在14種類。それぞれには「風光る」「山眠る」「氷結ぶ」など、風景が浮かんでくるような名前がつけられています。これらはすべて日本の「季語」をモチーフに、表裏の色合いと模様で表現したもの。手ぬぐいというと、首に巻いたり手拭きとして使用することが多いですが、実際にhiraliを購入したお客さんは裏表の違いを活かしたりテーブルクロスとして使ったりするなど、新しい使い方をしているそうです。

hiraliを手がけたのは、大阪・堺市にある竹野染工株式会社。全国で唯一、手ぬぐいの両面染色技術を持っています。昭和36年の創業以来、ロール捺染という技術を使って手ぬぐいや浴衣、寝間着、布おむつを生産してきました。現在3代目の寺田尚志さんと、hiraliのブランディングを担当している神崎恵美子さんに、この商品が生まれる背景や堺という産地、新しい手ぬぐいのブランドについてをお聞きしました。

織から染めまで一貫してできる、手ぬぐいの産地・堺

寺田尚志さん(以下、寺田):弊社は大阪府堺市に設立して60数年、昔からロール捺染という染色技術を専門でやってきました。時代とともに布おむつが紙おむつに、寝間着もパジャマに変わり、染めるものもどんどん変わっていって、今は手ぬぐいが主体になっています。最盛期は近隣だけでも50社は手ぬぐいの会社がありましたが、現在は10数社ほど。ロール捺染の職人の数は全国でも10人もいないと思います。産業としては年々下がっていっていると思いますが、ここ10年くらいで伸びてきている会社もあります。

竹野染工株式会社 代表取締役・寺田尚志さん

竹野染工株式会社 代表取締役・寺田尚志さん

――堺という産地の特徴は何ですか?

神崎恵美子さん(以下、神崎):織から染めまで一気にできるのが、ここの産地の特徴です。東京や京都にも染め工場はたくさんありますが、実は手ぬぐいはほとんど堺から晒(さらし:不純物をとりのぞいて漂白された、染める前の生地)を取り寄せているくらい「和晒」の産地でもあります。日本の手ぬぐいは小幅と呼ばれる日本独自のサイズなんです。海外で真似できない独自のつくり方なので、蔓延しないんです。ある意味すきま産業なので、手ぬぐい産業は日本に残れているのかもしれません。

寺田:もともとの機械の特徴は、一気に大量生産できることが売りでしたが、正直、量の時代はもう終わったと思っているんですよ。それよりどこにもない技術を使って「hirali」というブランドをつくったことで、普通のロール捺染の手ぬぐいも今までは数百円にしかならなかったものが、1,000円以上の値段で買っていただけるような付加価値をつけられるようになってきたんです。

hirali

hirali

神崎:染料や生地にもこだわっていくことでより付加価値を高めて、さらに和晒の風合いの良さなども伝えていくことができるので、竹野染工だけではなくて、版をつくってくれる職人など手ぬぐい産業全体に還元できるようなブランドにしたいと思っています。

日本で一人しかできない、染色技術

――手ぬぐいの染色方法は、どんなものがあるんでしょうか?

寺田:手ぬぐいの染め方にはいくつかありますが、主要な染め方は3つです。

・注染(生地を染料で直接色付けする方法)
・シルクスクリーン(印刷物のように顔料を繊維の上にプリントすることで模様を描く方法)
・ロール捺染(染料とのりを混ぜて生地を染め上げる方法)

注染は両面が同じ色で染まりますが、ロール捺染はもともとプリントのように片側しか色を染めることができませんでした。職人が自分で技術を開発して、3年くらい前に裏表を違う色で染めることができるようになったんです。これは日本でも1人しかその染め方をできる職人がいません。

日本で唯一、両面染色技術を持つ職人、角野さん。機械の刃を研いでいるところ

日本で唯一、両面染色技術を持つ職人、角野さん。機械の刃を研いでいるところ

ロール捺染の機会と染料

――両面技術を開発しようと思った理由は何ですか?

寺田:ロール捺染は大量生産の中で生まれ、たくさんに一気に刷れるということで栄えてきました。なのでどうしてもプリントでしょと言われたり、知名度が低かったりするんですよね…。なんとか技術を認めてもらいたいという想いがあり、ここでしかできない技術、“ならでは”をつくろうと両面染色技術を開発しました。次の世代にこの技術を継いでいかないといけないと強く感じているので、若い世代に興味を持ってもらえたらという思いもありました。

「オンリーワンの技術がある!」では、売りにならない

寺田:僕らはものをつくることは得意ですけど、デザインやブランディングに関してはさっぱりで…。そんな時に、大阪府が企画している「大阪商品計画」を知りました。これはブランディングがわからないという会社を大阪府がバックアップしてくれるもので、1年かけて東京ギフトショーの出展までをサポートしてくれるんです。運良く採用してもらえて、その時に講師として来ていた神崎さんにはじめてお会いしました。神崎さんが過去に手がけたプロジェクトを見たら、僕がイメージしているものとすごく合っていたので、ぜひにとブランディングをお願いしたんです。

神崎:技術だけではなくて産地のことなど全部を含めて、未来に繋げていくためにブランドをやりたいというお話だったので、わたしもとても共感しました。でも最初に寺田さんにお話をうかがったときに、「技術はすごいんだけど、手ぬぐいって世の中にすごいいっぱいあるよな…」と、いうことに引っかかったんですよね。ただ単に手ぬぐいを並べても意味がないと思ったので、どこで売ってもらいたいか、どういう切り口で売ってもらうか、どういうところに繋げるかなど、そういうところをいち早く最初の課題としていました。

ブランディングを担当した、株式会社ビアンカ・神崎恵美子さん

ブランディングを担当した、株式会社ビアンカ・神崎恵美子さん

寺田:僕の中では、“オンリーワンの技術がある”ということはすごく自信を持っていたんです。あと手ぬぐい業界ではファクトリーブランドがあまりなかったので、その辺は強く推していけるかなと思っていましたが、神崎さんに一蹴されました(苦笑)。

神崎:裏表がちがう色だということはたしかに唯一の技術だと思いますが、ユーザーにとっては実はそんなに大事なことではありません。手ぬぐいを買う上で「裏表が違うから買う!」ということは決め手にはならないということや、ファクトリーブランドも手ぬぐいでは珍しいけど世の中には結構あります、という話を寺田さんにしました。それでは売りになりませんと、最初にメッタ斬りにしたんです(笑)。

――竹野染工にはhiraliのほかに、ネックアンダーウェアブランド「Oo(ワォ)」もありますが、それぞれの役割は何でしょう?

神崎:「hirali」は手ぬぐいで両面染色技術の鮮やかさを発信していき、「Oo」はその技術を使って今のライフスタイルに合わせた形で発信していくという役割があります。発売は前後していますが企画としてはほぼ同時に上がっていました。その2つがあることではじめて竹野染工がやっていきたいことが伝えられるんです。手ぬぐいは「使い方がわからへん」と言われることが多くて、よく使う人はものを包んだり、ハンカチ代わりにする人もいますが、とはいってもごく一部の方だと思うんです。もっとみんなの日常の中に溶け込むように、和晒本来の良さと手ぬぐい本来の良さを伝えていきたいので、2つ同時にブランドを出しました。

和晒を輪っか状に縫い上げたネックアンダーウェア「Oo」

和晒を輪っか状に縫い上げたネックアンダーウェア「Oo」

日本の季節を纏う。新しい手ぬぐいのあり方

――hiraliについて、もう少し詳しく教えてください。

寺田:ブランド名は、もともと考えていた「hirali」という名前を提案しました。純粋にヒラッとめくれた時に色が違うというイメージから着想しましたが、デザイナーさんも賛同してくれて。「hirali」ってすごくポジティブな言葉みたいで、はためくとか、羽ばたくとかそういう意味もあるみたいなんです。

神崎:コンセプトについては、両面染色技術を活かして、どういう商品にしていくか考えた時に「重ねの色目」というキーワードが出てきました。重ねの色目は平安時代に生まれた和装における色彩の考え方で、衣の表地と裏地を重ねた時に生まれる色合いや、色とりどりの衣を重ねたときの配色のことで、2つの色に対して1つの名前をつけていたりと昔は色を重ねることを楽しんでいたようです。重ねの色目も手ぬぐいも日本独自のものなので、それをもとに考えていこうという話になりました。

全14シリーズ。裏表の色合いが見ていて楽しい

全14シリーズ。裏表の色合いが見ていて楽しい

寺田:柄についても昔から日本にあった伝統的な柄をデフォルメしています。色や柄、名前を含め、日本の季節を纏うようなイメージでつくっています。

――いちばん難しかった点は何ですか?

寺田:色出しですね。僕らも作業する中でわかりましたが、すごく薄い生地に染色をしているので裏側が透けてくるんです。たとえば先に片方を鮮やかな色で染めたとしても、もう片方を違う色で染めると少し色が沈んだりする。透け感も利用して染めないといけないというか…。

あと、使用している染料は京都の蒸し工場で蒸してもらってからやっと色が発色するので、工場から戻ってきてはじめて最終的な色がわかるという点もあります。イメージと違った時はガクっとなりますね…(苦笑)。そこまで考えて色をつくらないといけないので難しいですね。

染めるための顔料をつくっているところ。ほんの一滴の違いで色が変わってくるそうです

染めるための顔料をつくっているところ。ほんの一滴の違いで色が変わってくるそうです

産地の技術を残していくために。売り方やコミュニケーションを含めたデザイン

神崎:商品の売り出し方は、春夏秋冬で商品を分けたり色合いで分けたり、夏生まれの人にはこれ!みたいな贈り方でもいいですし、店頭でいろんな提案や売り方ができるのではないかと考えています。

寺田:今まで手ぬぐいはデザインだけで選ばれることが多かったと思いますが、「hirali」の場合は裏表の配色とか季語で選んでもらったりもする。選び方も今までと変化するのではないかなと。

――お取引する上で、気を付けていることはありますか?

神崎:寺田さんが一番やりたいことは“ロール捺染を伝えていきたい”ということなので、「竹野染工の名前を売り場で出してもらえるか」と、「ロール捺染の説明を出してもらえるか」どうかは1つの基準としてあります。あとは以前までのように受注を受けるというスタンスではなく、「一緒につくっていく、常に誰とでもパートナー」という感覚で話を受けてくださいということはお伝えしていますね。その2つがOKであれば、会社の大きい小さいでは判断せずに、想いを共有してもらえるかがわかると思います。

寺田:僕らの業界は、織工場(生地を織る)、晒工場(生地を白くする)、そして僕らのような染工場、整理工場(染めたものをきれいに整頓する)。この4つの工場が成り立ってやっと手ぬぐいができています。どの会社もいろいろな課題があると思いますが、後継者不足が深刻ですね。僕らの業界はよく川に例えられますが、たとえば川上の織工場がなくなってしまったら、川下の僕らは何も染められなくなってしまう。若手主体で仕事の魅力を発信していますが、今その危機にも直面しているんですよ。

うちでいうと、職人として染められるようになるまでの道のりは長いですが、そこを乗り越えたら誰にもできない技術が身に着く。そのためにはロール捺染が社会的に認められていないと絶対ダメなんですよね。「ロール捺染ってすごいで!」と、言われるような風潮になったら、厳しい仕事でもやりがいがあるんじゃないかと思います。

神崎:その土台をこっちがつくらないとね。その土台をいま一生懸命つくっているところなので。

川上から川下まで伝えていきたいという気持ちがあらわれている、竹野染工のサイト。「パートナー」として、関係会社のことを紹介しています

川上から川下まで伝えていきたいという気持ちがあらわれている、竹野染工のサイト。「パートナー」として、関係会社のことを紹介しています

寺田:でもそんな中でも、昨年できたばかりのhiraliが代官山の蔦屋書店さんやD&DEPARTMENTさんに置いていただけたのはスタートとしてすごく自信になりました。ですが、ロール捺染を繋いでいくためにはもっとたくさん利益を出していかないといけない、それがこれからの課題ですね。

――この技術があることで、職人だけではなくデザイナーやデザインに興味がある人にとって、幅の広がりが生まれたように感じます。

神崎:ブランド自体を成長させていくのはもちろんですが、この技術を使い、アパレルブランドや雑貨ブランドとのOEMやコラボレーションが増えたらいいのかなと思います。竹野染工だけでその技術を伝えていくのは難しいので、いろんな人たちのアイデアを使い、この技術を伝えていけたらと思います。

産地としては、注染工場と捺染工場の若手が発信する場をどんどん広げたり、ちがう産業とユニットを組んだりしています。直近ではタオルの産地で有名な泉州のタオルブランドとチームでものを発信していくとか、組合で「手ぬぐいフェス」というイベントを開催したり、いろいろな角度から発信できたらと、そういった取り組みも積極的に行っています。

 

泉州のタオルブランドと一緒に発信するブランド「泉州と堺の糸へん」

泉州のタオルブランドと一緒に発信するブランド「泉州と堺の糸へん」

神崎:ブランドが成長してブランドが売れるということよりも、ブランドを通して何を構築できるかが重要なんです。ブランドはあくまでも伝えるツールで、伝えるためであればプロダクトもつくるし、やれることはすべてやりたいと思っています。

寺田:案として、たとえば同じ柄を注染とロール捺染で染めて一緒に展開するのはやってみたいなと考えています。それぞれ染め上がり方がちがいますが、どちらも大阪の堺市でできていますという見せ方ができるのがいいんです。自社だけが生き残れればいいという時代ではなく、産地全体で生き残らないと。みんなで守らないといけないと思うんです。

寺田尚志と神崎恵美子のインタビュー画像

また、今回は博報堂ブランドデザインの若手メンバーが中心となって運営する媒体「ブランドたまご」と共同取材でした。“ブランディング”という視点で「hirali」についてフォーカスしているので、ぜひこちらもご覧ください!

【ブランドたまご】
第30回/発売初年度で全国区に!絶滅の危機を救ったブランドストーリーの作りかた「hirali」
http://www.hakuhodo.co.jp/archives/column/44895

竹野染工
http://takenosenko.jp/

泉州と堺の糸へん
https://www.iichi.com/shop/itohen_osaka

取材・文:石田織座(JDN編集部) 撮影:衣笠名津美