JDN  

NO.45 クリチバに見る都市のユニバーサルデザイン1
  UP DATE : 05.05.18  曽川 大/ユニバーサルデザイン・コンソーシアム研究員  

ユニバーサルデザイン(UD)の視点で捉えると、東京はどう映るのか。交通や建物のアクセシビリティ、安全性の面で先端都市であることは間違いない。が、都市機能が優先され、多くの生活者が取り残されていることも否めない。例えばUDの原則に記されている「わかりやすさ」。地方出身者や外国人は言うに及ばず、在住者や通勤・通学者でさえ都市機能を理解し使いこなしている人は少ないのではないか。

UDを都市レベルで捉えるのは困難だ。第一に、プロダクトのように単体で存在するのではなく、都市交通と建築物がダイナミックに相関している。全体像が極めて把握しにくいのである。第二に、都市には数千年から数百年の長い歴史がある。そして絶え間なく成長し続けている。文化や時間軸という要素も考えねばならない。第三が環境との相反関係。快適な生活環境にとってきれいな空気や緑は不可欠だが、一方で移動手段や空調設備などの利便性も求められる。往々にして開発は自然環境を破壊し、効率化はエネルギー消費量を増加させて大気汚染や地球の温暖化を招く。快適性と利便性は常に矛盾を抱えてしまう。

そこで視点を海外に転じてみたい。ニューヨークやロンドンなどの先進国は東京と大差はないのだが、ブラジルにUDの要素を色濃く持つコンパクトシティが存在していた。パラナ州の州都、クリチバである。もっともクリチバがUDを標榜しているわけではない。むしろ、貧富の格差やスラムといった機会均等の面では大きな課題を抱えている。それでもこの都市が魅力的なのは、都市づくりの思想とそれを実現に導くいくつかの手法が際立っているためだ。



クリチバの概要

クリチバはブラジルの南部に位置するパラナ州の州都である。標高935メートルの高原都市で、年間を通してすごしやすい気候に恵まれている。クリチバの地名はインディオの言葉で「たくさんの松の実」に由来するといわれている。市の人口は約150万。さらに周辺25都市で構成するクリチバ大都市圏を含めると240万人を越える。およそ90%を占めるヨーロッパ系の移民を中心に、先住民のインディアンや黒色人種、日系人をはじめとするアジア系移民など雑多な人口構成だ。 【 写真 1、2 】

パラナ松
【 1 】 パラナ松
パラナ州とクリチバ市のシンボル・ツリー。枝ぶりが上方向に向いているのが特徴。
歩道のモザイク
【 2 】 歩道のモザイク
パラナ松の実を図案化。

その名が世界中に知られるようになったのは、1992年にリオデジャネイロで開催された地球サミットにおいて環境対策を表彰されてからである。さらに世界各国の専門家を感嘆させたのは、土地利用政策を中心とするさまざまな政策が人間中心の環境づくりに向けて連動されていたことだ。この思想がユニバーサルデザインの本質と合致することは言うまでも無い。


人間中心のまちづくり

市のマスタープランは1965年に遡る。そのテーマが「人間中心のまちづくり」だった。マスタープランの策定に深く関与したのがジャイメ・レルネル氏。当時学生だったレルネル氏はこの仕事がきっかけでクリチバ都市計画研究所(イプキ)の初代所長となり、都市計画の中枢を担うようになる。めきめきと頭角を現したレルネル氏はリーダーシップと能力を買われ市長に就任。1971年から合計3期(12年間)を務め、理念を具体的な施策で実行していく。 【 写真 3〜5 】

レルネル氏は、「人間中心のまちづくり」を阻むのは自動車であると考えた。1970年代の初頭、ブラジルではモータリゼーションの黎明期であり、ブラジリアに見られるような自動車交通を中心とした都市計画がまちづくりの手本とされていた。だが、クリチバ市では逆に自動車を排除したまちづくりを目指した。自動車中心の街は人を大切にしていないからである。

レルネル氏は市民の賛同を得るためにはシンボリックな結果が必要と考え、街一番の繁華街から自動車を排除し、ここを歩行者専用モールとすることを計画。強硬手段に打って出た。週末を利用し、72時間で車止めを設けて車道を歩道に変えてしまったのだ。しかも、事前に議会や公聴会を通すことはしなかった。通常の手続きを踏んでいたら計画がいつ実行されるのかわからなかったからだ。商店主たちは猛反発した。車の排除による売り上げの減少を恐れたからだ。市長以下、市役所の職員は歩道に座り込んで抗議行動を阻止した。

結果はレルネル氏が予想したとおりとなった。歩行者天国となったショッピングストリートは終日人々で賑わうようになった。売り上げも順調に伸び、他の地域の商店街から歩行者専用道路への改修が陳情されるまでになった。現在、そこは「花通り」の名称で市民や観光客から親しまれている。 【 写真 6 】


*クリックすると、拡大画像をご覧頂けます

ジャイメ・レルネル氏
【 3 】 ジャイメ・レルネル氏
1937年クリチバ生まれ。国立パラナ大学建築学部都市計画科を卒業後、イプキに入所。クリチバ市長を3期、パラナ州知事を2期務める。2002年、国際建築家連合会(UIA)会長に就任。


クリチバ都市計画研究所(イプキ)
【 4 】 クリチバ都市計画研究所(イプキ)
市長直轄の独立法人で1965年に設立された。都市計画の策定をはじめ、投資計画や行政改革、プロジェクト遂行の監修といった役割を担う。クリチバ市が一貫した都市計画を実現できたのは、イプキがマスタープランを柔軟に見直しながら都市政策を継承してきたため。


クリチバ都市計画研究所(イプキ)
【 5 】 クリチバ都市計画研究所(イプキ)


花通り
【 6 】 花通り
レルネル氏が政治生命をかけて実現した歩行者専用道路。現在では安全なショッピングストリートとして、市民が憩う場所として愛されている。





← PREV
 1. クリチバの概要 2. 自動車と公共交通との共存 3. バスシステムNEXT →



JDNとは広告掲載について求人広告掲載お問合せ個人情報保護基本方針サイト利用規約サイトマップ
デザインのお仕事コンテスト情報 登竜門展覧会情報

Copyright(c)1997 JDN
このwebサイトの全ての内容について、一切の転載・改変を禁じます。