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 ウェブスカイドア 現代篇
 



野又 穫
Minoru Nomata


[ 略歴 ]
1955
  東京都目黒区に生まれる
1975
  東京芸術大学美術学部入学 形成デザイン専攻
1978
  安宅賞受賞
1979
  東京芸術大学美術学部デザイン科卒業
1995
  平成6年度(第45回) 芸術選奨 新人賞受賞(文化庁)

[ 主な個展 ]
1986
  "STILL"- 静かな庭園 -
(佐賀町エキジビットスペース、東京)
1987
  "DECORS"- デコール -
(西武百貨店渋谷店 美術画廊、東京)
1988
  "ARCADIA"- 永遠の風景 -
(佐賀町エキジビットスペース、東京)
1990
  "PICTURESQUE"- ピクチュアレスク-
(西武百貨店渋谷店 美術画廊、東京)
1991
  "SUBLIME"- 崇高なる空 -
(西武百貨店渋谷店 美術画廊、東京)
1992
  手彩色のリトグラフ展 (佐賀町BIS、東京)
"LAND-ESCAPE"- 境景-
(西武百貨店渋谷店 美術画廊、東京)
1993
  "STRUCTURES" (グリーンコレクションズ マルティプル、東京)"NOWHERE" - 世界の外に立つ世界- (西武百貨店池袋店 ザ コンテンポラリーアートギャラリー、東京)ニュー目黒名<画>座 (目黒区美術館、東京)
1995
  「望楼へ」(西武百貨店渋谷店美術画廊、東京)
「野又 穫の空想建築」
(リアス・アーク美術館、宮城県気仙沼市)
1996
  「来るべき場所」-FORTHCOMING PLACES- (西武百貨店池袋店 西武アートフォーラム、東京)野又 穫ドローイング展 (ギャラリー工、東京)
1997
  「風見の地」-WINDSCAPE-
(西武百貨店池袋店 アートフォーラム、東京)
1999
  「野又 穫の空想建築」(ギャラリーたむら、広島)「野又 穫 小品展」- うす雲の行方 - (福原画廊、東京)「東方へ」-EASTBOUND- (西武百貨店池袋店 アートフォーラム、東京)
2001
  「内なる眺め」-PERSPECTIVE-
(西武百貨店池袋店 アートフォーラム、東京)
2004
  "POINTS OF VIEW" - 視線の変遷 -
(西武百貨店池袋店 アートフォーラム、東京)

[ その他 ]
1995/1996/1997
  コンテンポラリーアートフェアー出品 (西武百貨店池袋店 西武アートフォーラム、東京)
1999
  東京オペラシティアートギャラリー  収蔵品展001 
寺田コレクション秀作展Part 1
2000
  東京オペラシティアートギャラリー  収蔵品展004 
「心象の領域:寺田コレクションにみる幻想的な具象」
2001
  東京銀座資生堂ビルの内部空間のための6点の絵画(ROCCO) 制作
2002
  東京オペラシティアートギャラリー  収蔵品展011 
「彼方へ - 寺田コレクションより」
2003
  野田秀樹の演劇「オイル」のポスター画制作
東京オペラシティアートギャラリー 収蔵品展016 
「建築の見える風景 - 寺田コレクションより」
2004
  「世田谷美術展 2004」出品 (世田谷美術館)

[ 出版物 ]
1991
  画集"NOMATA - Standing Still"出版 (発行 : ゲイン)
1995
  「野又 穫の空想建築」(リアス ・ アーク美術館における回顧展図録))
7月より現在まで、月刊誌「文學界」(文藝春秋社刊)の表紙画 として作品掲載
1997
  CD-ROM " MINORU NOMATA - Paintings 1986-1996" 制作 (発行:エムエスディ ジャパン
画集"NOMATA PAINTINGS"出版 (発行 : トレヴィル)
2004
  画集"Points of View - 視線の変遷 -"出版 (発行 : 東京書籍)

Points of View-19
2004年

Points of View-12
2004年

Points of View-10
2004年

Kuu
2003年

Perspective-23
2001年

Perspective-21
2001年

Eastbound-8
1999年

Windscape-2
1997年
希望の建築

野又穫と交わした会話のなかで、幾つかの言葉がひときわ印象に残っている。そのひとつは、自分は「美しいもの」を描いていきたい、というものだ。現代の芸術はグロテスクなものや醜悪なものをも自らの懐に取り入れるようになり、確かにそれは表現の拡大ということになるのだろうが、わたしたちが美しいものに素直に惹かれ、憧れるという、精神生活のなかで当然あるべき要素が美術のなかでいまほとんど顧みられることのないのは、現代文化の危機の徴候を示すものではないだろうか。かつて、天空にそびえる寺院の塔やゴシック建築の姿には、わたしたちの心を凛とさせ、ぴんと張り詰めさせ、姿勢を直させるものがあったが、現代の高層ビルはそういうものを感じさせない。そこには様々な理由が考えられるのだろうが、これに関連して、野又が、上に向かっていく建物を描くことで希望を描きたい、と言っていたのを想いだす。いわれてみれば単純なことだが、しかしこの簡潔な考えは、茫洋と広がる天空に向かって成長する野又の建築を見詰めながら反芻すると、たとえようのない深さと広がりをもってわたしたちのうちに入りこんでくる。
ただし、このように空想の建築を描いて、そこにいまだひとが見たことのない美や希望の新たな姿を立ちあらわさせるということのなかには、このイメージを具現するための質の高い技術と妥協を許さない集中が要求される。そこで、野又の印象的な言葉でもうひとつ、「絵というものは、見る人がその前で立ち止まって多くの時間を過ごせるものであってほしい」というのを想い出す。たしかに絵のなかに流れる雲、爽やかな風、きらめく陽光、そして遥かな時空とそこに立つ建築の存在感を感じるためには、見る者はゆっくりとその世界に没入しなければならないし、絵のほうはそれに耐えうる強度を確保していなければならない。野又の画業にはイメージについての曖昧な幻想はなく、それが、これほどに彼の作品が眩い光で満たされていることの理由なのだろう。
野又の描く建築群は、過去にも未来にも属さない未知の時空系列のうちに存在しているようにみえる。だがそれはいわばイデアの世界であり、わたしたちの現実や精神に謎を与え、相対化させ、測り、照らし出す鏡のような存在でもあるのだ。これらの建築は、そこで、わたしたちの希望の原型として、成長しつづけているのである。

〜 倉林 靖/美術評論家


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