「働く」と「暮らす」を越境するワークチェアとして、2019年に発表されたイトーキの「vertebra03」。プロダクトデザイナーの柴田文江さんをコラボレーターに迎え、同社のワークチェア開発と人間工学の知見が注ぎ込まれたこの椅子は、多様化が進む現代のライフスタイルとワークスタイルに寄り添う存在として、数多くの人々からの支持を集めて続けています。
労働者であるわたしたちにとって、オフィスや作業場で使用する「働く椅子」との出会いは、人生のどこかでかならず経験します。そして、生活者でもあるわたしたちにとってリビングやダイニングで使う「暮らす椅子」は、少なからぬ思い入れや愛着を抱く存在です。
本コラムでは、実際にvertebra03を使用したJDNの3名が、働く椅子と暮らす椅子にまつわるライフストーリーを綴りました。はじめてのオフィスチェアとの出会い、暮らしの中心にあるダイニングチェアの思い出など、それぞれのエピソードを振り返りながら、「働く」と「暮らす」を越境するvertebra03の魅力を紐解いていきます。
仕事も暮らしもともに過ごす、安心できる存在
私は美術大学時代に椅子をつくった経験があります。1年生の頃に受けた木工の授業で「スツールを制作する」という課題があったのですが、スケッチを重ねる中で曲線を使いたくなり、「雲」をテーマにもくもくとした形の椅子を制作しました。彫り方が上手くいかず、理想通りにできない部分ばかりでしたが、10年以上が経った今も、完成した椅子は自分の部屋に置いて大切にしています。

美大時代につくった椅子
美術大学を卒業後、結婚指輪専門のオーダーメードブランドに入社し、約3年間働きました。指輪を傷つけないように磨く作業や、内側へのレーザー刻印、検品から発送までの工程を担当しており、仕事中は椅子に座りっぱなしというより、常に動いている印象が強かったです。職場で使っていた椅子は背もたれがない簡素なデザインで、回転と昇降はできるものの、座り心地よりもいかにすぐ動けるかという、作業のしやすさが重視されたものでした。
その後転職してJDNに入社し、はじめて「オフィスチェア」と呼ばれる椅子に触れました。最初に使っていたのは、背もたれがメッシュ状のシンプルでモノトーンな椅子でした。大きな不満はなかったものの、彩りやディテールなど、見た目からときめけるような椅子だったらいいのにな、という漠然とした思いはありました。展示会や取材を通して家具メーカーのさまざまな椅子に触れる機会も増え、「良い椅子とは何か」を意識しはじめたのもこの頃です。
コロナ禍にリモートワークが導入されてからは家で働くことが増え、取材のある日にはカフェやシェアスペースなど、その時々でベストな働く環境を選ぶようになりました。自宅ではもともと家にあった椅子を使って仕事をしていましたが、机とのバランスがよくなかったせいか、徐々に腰が痛むようになり、オフィスチェアの重要性を実感することになりました。
vertebra03を使いはじめて2週間ほど経ちましたが、物理的な姿勢はもちろん、”精神的な姿勢”にも大きな変化があったと思います。

物理的な姿勢でいうと、これまで使用していた椅子はずっと座っているとずりずりと姿勢が悪くなり、知らず知らずのうちに内臓の位置がおかしくなりそうな格好で作業していたかなと……。vertebra03は人間工学についてきちんと考えられた椅子なので、長時間作業をしていても常に骨盤を立てていられるような感覚があります。
そんなふうに姿勢が変わったことによる影響なのか、気づいたら作業に没頭している時間が増え、精神的な姿勢の変化を感じています。コロナ禍からスタートしたリモートワークは5年以上が経ち、時には集中力が下がることもありましたが、vertebra03に座りはじめてからは、「集中しよう!」という意識をせずとも仕事に向き合えるようになりました。

vertebra03が部屋にあると、空間全体がちょっと素敵なインテリアに変わったように見え、今まで使ってきた椅子より曲線が多いからか、見ていると安心して過ごせるような気がしています。働く椅子も暮らす椅子も、人生のうちのかなりの時間をともに過ごす存在です。vertebra03は、「働く」と「暮らす」 の境界を自然につないでくれる椅子として、これから長い時間をともに過ごすことになるのではないかと思っています。
(石田織座)
暮らしの風景の一部となり、生活に寄りそう椅子
私は幼少期をマレーシアで過ごしており、現地で購入した木製のダイニングチェアが「暮らす椅子」の最も古い記憶です。帰国後も使用していたのですが、日本の住宅の広さにしては大きく、一層存在感を放ち、家の真ん中にドンと構える象徴的な家具でした。ダイニング自体も家の中心に位置していたため、暮らす椅子はいつも家族の集まる場そのものでした。

マレーシアで住んでいた家。奥に見えるのがダイニングチェア
子どもが生まれてからは、新しいダイニングチェアを購入。赤ちゃんの頃は椅子に登って座っていた子どもが、いつしか登らなくても座れるようになり、地面に届かなかった足が少しずつ床に近づく。子どもたちが貼ったシールや傷など、日々の痕跡が残るこの椅子は、静かに成長を見守り続ける存在でもあります。
新卒で入社した会社では、いわゆる一般的なオフィスチェアを使っていました。日中は営業として外回りに出ていたため、デスクに向かうのはおもに18時以降。パソコン業務をはじめる時にはスリッパを脱ぎ、オフィスチェアの上で正座をしていました。座面を一番高くすると自然と背筋が伸び、気持ちが切り替わるため、一種の“気合いの儀式”みたいなものだったと思います。
転職してJDNに入社し、リモートワークが導入されてからは、子どもの保育園が休みの日や夫が在宅の日には、リビングで仕事をしています。そのため、暮らす空間の中に無理やり仕事場をつくっているような感覚がありました。ダイニングチェアで長時間仕事をしていると姿勢が悪くなり、気持ちも暮らしモードのまま切り替えられず、集中しきれないことも多々ありました。
現在私は、上下昇降のない回転脚タイプのvertebra03を使用しています。前述の通り、座面を高くする傾向のあった私にも、vertebra03の高さはしっくりと馴染み、体への負担がなくなりました。

自宅のデスクとの相性もよく、これまで使っていた椅子が高すぎたのだと痛感……。それに、以前は大きな背もたれのある黒一色の椅子を使用していたため、部屋の中での存在感が強く、視界の一部が遮られてしまうような感覚がありました。vertebra03は自然と空間に溶け込み、背もたれの抜けが視線の流れを妨げず、部屋から窓へと視界が抜ける心地よさを感じられます。
これまで働く椅子には、集中するための姿勢づくりや気持ちの切り替えといった“道具”としての役割を求めてきました。一方で暮らす椅子は、家族の成長や日々の時間を刻む存在であり、あくまで“家具”として生活の中心にあるものでした。
視界を遮らず、部屋の広がりを損なわないvertebra03は、空間に静かな余白をつくり、ワークチェアでありながら暮らしの風景の一部として馴染んでいきます。過度な機能に頼らず、身体と空間に自然と寄り添う心地よさのあるこの椅子には、これまで分けて捉えていた2つの椅子をつなげてくれるような感覚があります。vertebra03は、これからの日常をさりげなく支えてくれる存在として、生活に長く寄り添ってくれる椅子なのではないでしょうか。

(岩渕真理子)
働く自分のよき“相棒”として
私は新卒でアパレルメーカーに内勤として入社しました。華やかに見える業界ですが、メーカーだったためオフィスは雑多で、生地や資材、サンプルの洋服で溢れかえっていました。そんな職場であてがわれたのは、ギコギコ・ガタガタのグレーのオフィスチェア。ストレスが溜まるから変えてほしいと、社長に直談判しましたが受け入れられず、我慢する日々。「働きやすさとはなんだろう?」と考えるきっかけになりました。
自宅では普段、アンティーク家具店で購入したスタッキングのできるチェアを愛用しています。オランダの公共施設で使用されていた椅子をリペアしたもので、座面と背もたれの木材と、脚部分の金属とのコントラストが格好良くて気に入っています。チェアは意外と空間への影響も大きいので、機能以上に愛せるものを選んでよかったなと思っています。

後ろ姿にグッときて迎え入れたオランダのチェア

座面にはチェアサイズのラグを敷いて楽しんでいます
vertebra03が発表された際、「なんて愛らしいオフィスチェアなのだろう」と驚いたのを覚えています。開発チームに友人がいるご縁もあり、4本脚の木タイプを自宅に迎え入れました。ファブリックが選択できる楽しさも相まって、仕上がったチェアには自然と愛着が湧きます。意外と見た目の印象よりも着座部分がおおらかでたっぷりとしていて、包み込まれるような安心感があるのが個人的にうれしいポイントです。

インテリアに合わせて選択したブルーのファブリック
時代と価値観の変革期の中で、「働く」と「暮らす」の境界線がなだらかに揺れ動いているように感じています。働く場所・時間・環境を自分自身で選びきるのは、思った以上に難しいですが、愛着のある椅子が自宅にあることで「よし頑張ろう!」と思えますし、心へのプラス作用も大きいはず。働くあなたのよき相棒として“マイvertebra03”を迎え入れてみてはいかがでしょうか。
(栗木建吾)
■vertebra03
https://shop.itoki.jp/shop/pages/v03sp.aspx
編集:堀合俊博




