2026年1月、東京・虎ノ門。この街の新たなシンボルとなった高層ビル、虎ノ門ヒルズ ステーションタワーが、地下2階から地上250mまでを貫く巨大な「実験場」へと変貌を遂げた3日間があった。その名もクリエイティブフェスティバル「TOKYO PROTOTYPE」である。
駅直結かつ入場無料という開かれた設計もあり、会期後半には入場規制がかかるほどの盛況を見せ、3日間で約4.45万人が来場し、会期中に虎ノ門ヒルズの過去最高来街者数を記録したという。しかし、このイベントの本質は動員数そのものにあるわけではない。会場のあらゆる場所で、つくり手と来場者が直接対話を重ね、実験的な試みをその場で共有していく。その熱量にこそ真価がある。
本記事では、イベント開催の背景やコンセプト、出展者の中から編集部が気になった作品を抜粋してレポートする。
“未来を創造する実験場”としての都市型フェス
TOKYO PROTOTYPEは、日本テレビ社長室R&Dラボ(以下、日テレR&Dラボ)と、森ビルが運営するTOKYO NODEとのコラボレーションから生まれた企画だ。日テレR&Dラボは、従来の放送局という枠組みにとどまらず、社会やメディア、コンテンツの未来を中長期的な視点で研究開発するために設立された組織で、大学や企業との共同研究を重ねながら、宇宙やモビリティ、五感伝送など多様な領域で共創活動を展開してきた。
今回会場となったTOKYO NODEは、虎ノ門ヒルズ ステーションタワーに2023年10月に開業した情報発信拠点で、「ノード(結節点)」という名前の通り、ビジネスやアート、テクノロジー、エンターテインメントなど領域を横断して人々をつなぎ、新たな価値を世界へ発信することを目指している。
研究開発チーム「TOKYO NODE LAB」には、日テレをはじめとする企業やクリエイターが参画し、ボリュメトリックビデオスタジオなどの最先端設備を活用しながら、XRやデジタルツインを用いた「新しい都市体験」を日々プロトタイピングしている。メディアと都市、それぞれの拡張を志向してきた両者の取り組みが交差したことから、TOKYO PROTOTYPEは立ち上がった。

TOKYO PROTOTYPE メインビジュアル
本イベントの特徴のひとつに、“キュレーター”を置かないという点がある。主催の両者が、いま挑戦的な試みに取り組んでいると感じたつくり手たちに直接声をかけ、展示内容も各自の自主性に委ねるという、ボトムアップ型の構成である。
プロトタイプという言葉を「試作」であり「挑戦」であると捉え、ジャンルを越えてものづくりに向き合う人々が集う場をつくる。そこから予定調和ではない出会いや、アイデアの新たな結合が生まれることを目指したという。この“未来を創造する実験場”としての都市型フェスを、フロアごとのハイライトとともに振り返っていこう。
驚き、楽しさ、愛しさなど新しい体験をもたらした出展作品
■Plurality of Life
虎ノ門ヒルズ ステーションタワー屋上、地上250mの「SKY GARDEN & POOL」では、幻想的な光景が広がっていた。普段はレストラン利用者のみが立ち入れる空間が解放され、空と水盤を背景に、いけばな作品「Plurality of Life」が静かに佇む。日本の伝統であるいけばなが体現する静的な生命表現に、時間の移ろいとライティングが重なり、瞬間ごとに異なる動的な鑑賞体験を生み出すインスタレーションとなっていた。

『Plurality of Life — 純粋な命と、多様な命』ike-bana
日没前後で作品と風景の印象が大きく変化する点も、このフロアならでは。都市の喧騒から切り離されたような静けさのなか、本作は物理的な高さを超えて、精神的な視座を引き上げる装置として機能していたのではないか。華道家元池坊、コニカミノルタジャパンのBAUMX(バウムクロス)事業、enigmaによる新レーベル「ike-bana」が手がけた作品である。
■MorphFlux
46階・47階では“動き”と“物質”の関係性を問い直すような作品が展開された。森田崇文による「MorphFlux」は、磁性流体の形状と流れが相互に作用し合うキネティックインスタレーションだ。複数の液体ピクセルが磁力によって干渉し合い、絶えず変化し続ける。高精細な物質制御から生まれる静かな動きの様に多くの訪問者が足を止めた。

『MorphFlux』森田崇文(支援:令和6・7年度文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業採択)
■FLOCK OF
隣接するホールでは、唯一の海外出展者であるタイのクリエイティブスタジオ、bit.studioによるインスタレーション「FLOCK OF」が空間を包み込んでいた。世界14カ国で展示されてきた実績を持つ作品である。一つひとつがバルーンのようでもある“魚の群れ”は、一見、優雅に空中を遊泳しているように見えるが、その背後には緻密な制御技術がある。

『FLOCK OF』bit.studio

『FLOCK OF』bit.studio
ホール内には10〜20個のセンサーが配置され、魚たちが展示空間の外へ出ないよう位置を常時把握・管理。ヘリウムガスを封入した各個体にはバッテリーが搭載され、その重りが前後に移動することで重心を変化させ、浮遊の上下動(ピッチ)を制御する仕組みだ。バッテリーが前に移動すれば頭が下がって沈み、後方へ動けば浮上する。会場では魚を追いかける子どもたちの姿も見られ、シンプルな造形のハードウェアが、生き物のような振る舞いを通して人の感覚に触れる瞬間が生まれていた。
■螺旋の律動
虎ノ門ヒルズ ステーションタワー上層フロアの玄関口にあたる45階では、人工物の機能の追求にとどまらない、ものづくりの根源的な問いが提示されていた。科学とデザインをつなぐ実践を重ねてきたSpline Design Hubによる「螺旋の律動」は、機械式腕時計のぜんまいから着想を得た、シンプルでありながら深遠なキネティックアートである。

『螺旋の律動』 Spline Design Hub
厚さわずか0.3mm、長さ18mにおよぶ一本の金属板が、伸縮するアームに支えられながら、螺旋を描くように動き続ける。硬質であるはずの金属は、一様ではない運動の中で、まるで生き物のように柔らかく、しなやかな表情を見せる。その均質ではないリズムが生む心地よい違和感に、多くの来場者が足を止めていた。
■Prototyping — 動きの中の詩。2026
Googleのハードウェアデザインスタジオによる展示「Prototyping — 動きの中の詩。2026」は、スマートフォンやイヤフォンなどの製品に至る着想のプロセスと美意識を可視化する試みである。

『Prototyping — 動きの中の詩。2026』 GOOGLE HARDWARE DESIGN STUDIO

『Prototyping — 動きの中の詩。2026』 GOOGLE HARDWARE DESIGN STUDIO
束ねた花を思わせる展示台の上には、アイデアの萌芽から最終形へと至る思考の断片が並ぶ。テーブルの端から端へと視線を移すことで、思考が形へと変換されていく過程を追体験できる構成だ。機能やスペックの競争ではなく、ものづくりがどのような想いから始まり、その哲学がいかにしてユーザーの愛着へと結実するのか。テクノロジーが生活に溶け込むための「振る舞い」や「気配」を、詩的に提示していた。
■鎖に繋がれた犬のダイナミクス
そして45階では、定期的に“不穏な物音”がフロアに響く瞬間が訪れていた。アーティストの藤堂高行によるAIロボットのパフォーマンス「鎖に繋がれた犬のダイナミクス」である。一匹の犬型ロボットが鎖につながれ、まるで猛獣のように荒々しく動き回りながら、空間の外へ出ようと鎖と“格闘”する。

『鎖に繋がれた犬のダイナミクス』 藤堂高行(支援:令和6年度 文化庁メディア芸術クリエイター育成支援事業)
目の前のロボットが抑圧された生物のようにも見える本作は、単なる技術デモにとどまらず、鑑賞者の感情へ直接訴えかける何かがあった。AIやロボティクスが自律し、感情らしきものを獲得したとき、人間はそれをどう受け止め、どう向き合うのか。鎖がジャラリと鳴るたび、見ている側の心に小さな波紋が広がっていく。

『鎖に繋がれた犬のダイナミクス』 藤堂高行
中層階の8階は、まさにTOKYO NODE LABの本拠地であり、より具体的な実装や身体性にフォーカスしたインタラクティブな空間となっていた。
■IDEATIONS Vol.4 Satellite
D2CのIMG SRC STUDIOと、SoVeCによる「IDEATIONS Vol.4 Satellite」は、IMG SRC STUDIOが継続的に実施してきた自主展示「IDEATIONS」に続く、メディアテクノロジーとエクスペリエンスデザインのプロトタイピングの場である。今回は大きく3つのコンテンツから構成されている。
「Gate」は、“非現実でありながらリアルな存在感”をもたらすXR体験装置だ。SoVeCによる高精細な「3Dガウシアンスプラッティング技術」を採用し、照明の反射まで含めた圧倒的なリアリティで物体や人物をデジタル空間に“転送”する。バーチャル空間上のプロダクトを操作するときに伝わる重量感や、連動する空間芳香デバイスが発する匂いまで、単なる映像体験ではない、五感を統合した、現実と仮想の境界を溶かすインターフェースのプロトタイプが披露された。

『Gate 01』D2C IMG SRC STUDIO × SoVeC
また、LLM(大規模言語モデル)を活用したプロトタイプとして展示されたのが、「DAITON」と「Drawn Planets」である。「DAITON」は、書き文字や物体、さらには空間の湿度や雰囲気といった“世界のあらゆる情報”をサンプリングし、リアルタイムに音楽へと変換する試みだ。体験者がその場で入力する言葉や撮影したオブジェクトの情報をLLMが解釈し、意味や文脈を読み取りながら即興的に音のルールを立ち上げていく。テキスト入力に依存した従来の生成AIとは異なり、環境そのものを演奏の素材とする点に特徴がある。

『DAITON』D2C IMG SRC STUDIO
「Drawn Planets」は、来場者がパーツを組み合わせるように描いたスケッチを起点に、画像生成AI「Stable Diffusion」によって2Dイラストへ変換、さらに3D生成AI「Tripo3D」で3Dモデル化、加えてLLMが惑星の物語や設定を生成するプロジェクトだ。会期中に生み出された無数の“惑星”は、バーチャル空間上でひとつの宇宙を構成するように並び、浮遊する。ブース内のディスプレイは「小宇宙を覗く小窓」として機能していた。
■ふしぎな石ころ
同じく8階には、大阪・関西万博でも注目された「ふしぎな石ころ」も展示されていた。これは、村田製作所/ミライセンスによるユニバーサルハプティクスデバイス“echorb”で、3Dハプティクス(触覚)技術により、手のひらサイズのデバイスを握るだけで、そこにはないはずの振動や重量、特定の方向へ引っ張られるような感覚が伝わってくる。

『ユニバーサルハプティクスデバイス_echorb_』 株式会社ミライセンス
視覚や聴覚に頼らずとも空間情報を身体で受け取ることができるこの技術は、目の見えない人にとっては“未来の杖”となりうるナビゲートデバイスへと発展する可能性も秘めている。触覚を通じて進行方向や障害物の位置を伝達することで、空間との新しい関係性を築くインターフェースになり得るデバイスだ。
■Tug of Memories
イベントの終着点であり出発点でもある地下2階。駅改札を出てすぐの広大なアトリウムには、日常とは異なる実験的な風景が広がっていた。中央に鎮座するのは、TASKOとAbstract Engineによる全長18mの巨大な自動演奏装置「Tug of Memories」。

『Tug of Memories』TASKO x Abstract Engine

『Tug of Memories』TASKO x Abstract Engine
ピアノがレール上を走り、ロボットアームがそれを手繰り寄せる。その物理的な動きによって音楽が立ち上がる仕組みである。音楽をスピーカーから流れる情報としてではなく、巨大な質量を持つ物体が動き、空気を震わせる現象として体感させる。奏者不在の機械が生む原初的な感覚が強く印象に残った。スケールゆえに初発表後は展示の機会が限られていた本作も、今回のTOKYO PROTOTYPEを機に、あらためて広く鑑賞の場を得たという。
■Alternative Crafts produced by ZOZO NEXT
ファッションテックを推進するZOZO NEXTによる「Alternative Crafts produced by ZOZO NEXT」は、工芸と先端技術の融合をテーマにした新プロジェクト「呼色(Yobiiro)」を発表。日本の伝統工芸が培ってきた技巧と、ZOZO NEXTの研究開発技術、そして複数のクリエイターとのコラボレーションを通じて、これまでの工芸を逸脱しないかたちで、謙虚に更新するプロダクトとプロトタイプ作品群全14点が展開された。
例えば、「ひととせ(hitotose)」は、石川県のクリエイティブ集団seccaとの共創による、温度によって色が変化するプロダクトライン。漆芸の「変わり塗り」に着想を得て、季節の移ろいを可視化する。数学研究者でありアーティストの巴山竜来が手がけた「幻光(Magichour)」は、シンセサイザーの原理を織物に応用し、偏光によって色が移ろう構造を持つテキスタイル。制作には山本化成や慶應義塾大学鳴海研究室も協力している。
「Touch OK」と記された作品や素材サンプルには多くの来場者が直接手で触れ、その質感や技術を確かめており、まさにテクノロジーによって更新された工芸が、人々の生活に馴染もうとする瞬間でもあった。

公式発表によると、TOKYO PROTOTYPEは単発の企画ではない。来年度以降の実施も計画しており、継続的な活動として展開される。今後も虎ノ門という街を舞台に、21世紀ならではの新しい「祭り」や「文化」が立ち上がる、東京発の未来を創造する場を目指していく。
主催側が強みとするメディアネットワークやテクノロジー、そして都市というハードと場の編集力を基盤に、世界基準のクリエイションが自生する「実験都市」がどのように形づくられていくのか。領域を横断するものづくりの場がどのように成熟していくのか。その歩みを今後も注目していきたい。
■TOKYO PROTOTYPE
https://tokyoprototype.jp/
取材・文:長谷川智祥 編集:石田織座(JDN)




