インタビュー 編集部が注目するデザイナー・クリエイターのアイデアと実践に迫る

「尾田栄一郎監修
 ONE PIECE展 〜原画×映像×体感のワンピース」
にみる展示デザインの現場(3)

マンガという日本独自の表現フォーマットを、どのように空間へ変換するのか。原画の魅力を展示で伝える、クリエイティブの現場に迫る。

2012/04/04

JDN編集部

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体験を生み出す立体造形の数々

今回の展覧会場である森アーツセンターギャラリーは「ロ」の字型のフロアを「コ」の字型に使う動線が特徴的だ。2カ所のシアターの間に立体造形物が展示される。デザイナーの吉田氏は、「52階の一部分が12メートルの吹き抜けを持ち、前後に細い回廊型空間が続いているので、その特性を活かし、映像や原画を配置していく方向性を考えました」と解説する。大きな窓から臨む開放感ある景色もまた、立体造形物として再現した、主人公ルフィと仲間達の海賊船“サウザンドサニー号”を引き立てる恰好の背景となっている。

ジャンプコミックス61巻立体表紙
ジャンプコミックス61巻立体表紙

洪氏「今回のプロジェクトで特徴的なのは、『原画』を中心に、映像や立体造形物を仕立ててトータルな演出をしていること。その中で、映像は映像監督が手がけ、音楽も中田ヤスタカ氏(capsule)というスペシャリストに関わっていただき、造形師たちも非常にレベルの高い人たちにお願いした。
3次元であることが空間の最大の利。可能な限りスリリングで引き込まれる体験を生み出す展示を実現するのが、我々の力です」。

展示物には、立体造形物の上から蛍光塗料で原画の線に沿ったラインを描き、真っ暗な中でブラックライトを当てると原画のラインが浮かび上がるような仕掛けもある。一見バラバラに見える床・壁・天井の模様が、ある一定の位置に立って見るとまるでハンコックの技であるメロメロ甘風(メロウ)が迫り来るような体験ができるトリックアートの手法も取り入れた。主人公ルフィの兄・エースが囚われている場面も立体で表現され、来場者の感情を揺さぶる。さまざまな手法で原画に迫る展示物は、空間でこそ活かされる演出によって来場者を『ONE PIECE』の世界へと引き込んでゆく。

洪氏
洪氏

吉田氏「デザインで最も気をつけたのは、スケール感です。漫画ではキャラクターの身長や体格がかなり厳格に設定されているので、展示の後半部分にある、登場人物たちの立体フィギュアは特にスケール感を大切にしてくれと注意されました」。

造形物も丹青社が責任を持つ範疇だ。ルフィと仲間達9名をFRP樹脂で制作したが、尾田栄一郎氏自らがスケッチや設計図に対して、細かな赤を(修正を)入れていった。

吉田氏「たとえば『目はもっと大きく』『このラインを強調すると表情が出る』『もっと似てくる』といった具体的な指示をいただきました」。

サニー号のCGパースと吉田氏
サニー号のCGパースと吉田氏
尾田栄一郎氏の仕事用デスクの再現
尾田栄一郎氏の仕事用デスクの再現
尾田栄一郎氏の仕事用筆記具
尾田栄一郎氏の仕事用筆記具

展示の後半では、大量の原画を様々な手法で展示し、尾田栄一郎氏の仕事に肉迫する空間となる。尾田氏のデスクを再現し、そこから漫画が生み出されるイメージを立体的に構成。壁面のひとつでは、白紙にキャラクターが描かれていく作画映像が上映されている。その週に発売された「週刊少年ジャンプ」掲載原画も週替わりで展示されるコーナーも用意。そして最後には、尾田氏が本展のために描き下ろした特別な原画が待っている。会場へ足を運んだ人だけが見られる貴重な逸品だ。

展示風景
展示風景
展示風景
展示風景

空間シナリオとなるストーリーライン

漫画を展覧会に仕立てるために重視されたのは、空間を構成するシナリオだ。会場でどのような感情のうねりをかき立てるのか、どういう印象を残すのか。観覧する側の気持ちの流れを演出するシナリオを、クリエイティブディレクターの洪氏は「マインドストーリー」と呼ぶ。

洪氏「体験する人の心の中に生まれる物語。それを生むための仮説を立てて構築した流れが、展示の構成にあたります。次に、その構成を支える展示物のひとつひとつのクオリティをどのように上げていくか、徹底的に絞り込みます。そして、展覧会が大きな一つの作品として成立するためには、運営の力も、とりわけ今回のように大量動員を見込む展覧会では重要です。設営期間には、運営側ともコンタクトを取りながら、企画の背骨であるマインドストーリーのストーリーラインに立ち戻りつつ、微調整を重ねました」。

設計図にある「マインドストーリー」には、会場見取り図をベースに、来場者が各展示に対してどのような感情を持つか、また順路に沿って進むにつれどういった感情の起伏を体験するか、といった構想が明記されている。

展示風景
展示風景
展示風景
展示風景

石田氏「冒頭に映像で『ONE PIECE』の世界に没入していただき、次は名場面を立体造形物によって再現することで、悲しいシーンや感動的なエピソードを追体験します。仲間や勇気といった『ONE PIECE』の重要なキーワードを体感した後に、原画世界を自由に経験できる空間に至る流れは、ここに描かれた通りに実現しました」。

吉田氏「吹き抜けがあり、通路があり、また展示空間が広がるという森アーツセンターギャラリーの構造から自然に生まれ出るスケール感や目線の変化を、ストーリーラインに結びつけながらデザインにも工夫しています。映像の後には少し入り組んだ暗い通路で見せる展示があり、ポケット的空間を利用して、牢獄の場面を再現し‥‥‥。とはいえ、シリアスなシーンが続くとある種の恐怖感が強調され過ぎてしまうので、ちょっと目線をずらした先には再び、ホッとする明るくて笑いのある場所が広がるように考えました。来場者が歩きながら漫画を読んでいくような世界を作るために、ゾーニングや各展示の造形物をデザインしていきました」。

石田氏
石田氏

建物の構造上、動線が1本に限定され、しかも部屋の幅は展示を配置するには制約があり、少なからず厳しい条件でもあった。しかし、普段の展覧会ではあまり使わないスペースまで積極的に利用し、入り組んだ部分やカフェ空間まで展示することで、圧迫感の解消を目指した。
白紙状態の企画から立ち上げ、『ONE PIECE』の熱狂的読者達を満足させる以上の成功を求められた丹青社のプロジェクトチーム。クリエイティブディレクター、プランナー、デザイナーそれぞれの立場で向き合った本展には、これまでの仕事とは違う達成感も抱いているようだ。

洪氏「丹青社の仕事は、ひとつの目的に向かって、各々の専門能力を出し合って展覧会を構築するコラボレーションです。専門力を結集させてコンセプトを具現化する訳ですが、完成へとまとめあげるのは難しさでもあり、チャレンジでもあります。どのような結果になるか、ご覧いただいた皆様の反応が楽しみです」。

石田氏「最初はとにかく楽しんでもらえる展示になれば、とシンプルに考えていましたが、やはり現在65巻ある『ONE PIECE』という漫画そのものが一番おもしろいものなので、展覧会で何を表現すべきなのか悩んでしまった時期もあります。でも集英社のみなさまからのご意見や、尾田さんの監修をいただいたことで、充実したコンテンツが実現できたと思います。見てくださった人が、なぜこのシーンを使っていないんだ…、俺だったら…、とか、漫画でこんな表現ができるのか、と感じた、その気持ちをきっかけに展示やものを作る世界へ興味を持ってもらえたら‥‥‥そんな影響力になればさらに嬉しいですね」。

吉田氏「誰もが知っているコンテンツに携われるのは、希望してもなかなか叶えられるチャンスではなかったと実感しています。入り口から出口までの体験が『ONE PIECE』に描かれている“島から島へ”ルフィたちが冒険する物語と重なり、映像では見たことのない迫力ある原画に出会ってもらえれば嬉しいです。おそらく『ONE PIECE』の原作ファンならば2番目のシアターでは号泣するのではないかと(笑)。そして『ONE PIECE』ってやっぱり良いよね、読み返してみよう、これからも読んでいこう、と感じながら帰路についていただければ最高です」。

2次元の原画から広がる世界を、さまざまなプロの力を結集して空間に展開した本展。「展示デザイン」という観点から見てみると、新たな発見もあるのではないだろうか。

■ 尾田栄一郎監修 ONE PIECE展 〜原画×映像×体感のワンピース 開催概要
開催期間 2012年3月20日(火・祝)〜6月17日(日) 会期中無休
開館時間 10:00〜22:00(最終入館は21:00)
開催場所 森アーツセンターギャラリー(東京・六本木ヒルズ)
東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー52階
公式サイト http://onepiece-ten.com
お問合わせ ハローダイヤル TEL 03-5777-8600(営業時間は8:00〜22:00)
主催 朝日新聞社、集英社、東映アニメーション、アサツー ディ・ケイ、フジテレビジョン
森アーツセンター
協賛 セブン-イレブン・ジャパン、バンダイ、バンダイナムコゲームス、バンプレスト、メガハウス、プレックス、大日本印刷
協力 日本生命、ショウワノート

Profile

洪 恒夫

洪 恒夫 Ko Tsuneo

株式会社丹青社 プリンシパル クリエイティブディレクター
東京大学総合研究博物館特任教授

1985年 武蔵野美術大学 造形学部 卒業。同年 株式会社丹青社入社。ハウステンボスアトラクション、愛・地球博 国際赤十字・赤新月パビリオン、上海国際博覧会日本産業館、ミュージアム等の幅広い分野の展示施設の企画・デザイン・制作・プロデュースに携わる。2002年より東京大学総合研究博物館の教員を兼務

吉田 真司

吉田 真司 Yoshida Shinji

株式会社丹青社 クリエイティブマネジメント室 デザイナー

2005年 千葉大学大学院 自然科学研究科 都市環境システム専攻 修了。同年 株式会社丹青社入社。海上自衛隊呉史料館、科学技術館鉄鋼展示室の展示施設や、さいたま新都心イルミネーション2009、VIE DE FRANCE 与野本町店 等のイベント空間・飲食施設といった幅広い分野における企画・デザインに携わる。2009年、2012年ミラノサローネサテリテ、2011年神戸ビエンナーレ2011等に出展しアート・プロダクトデザインにも従事

石田 裕美

石田 裕美 Ishida Hiromi

株式会社丹青社 クリエイティブマネジメント室 プランナー

2006年 株式会社丹青社入社。ソニー歴史資料館、上海国際博覧会日本産業館 日本郵政グループ展示、KOKUYO未来郵便局、容器文化ミュージアム(2012年4月大崎にオープン予定)の企画・設計に携わる

取材先

株式会社丹青社 http://www.tanseisha.co.jp/