デザイナーのこれからのキャリア

デザイナーのこれからのキャリア
第3回:松徳硝子 クリエイティブディレクター 齊藤能史氏

構成・文/神吉弘邦
写真/真鍋奈央

2015/09/04

Vol.3「線を引く前に現場へ入れ」

ものづくりの会社に、天性のキャラクターとデザイナー起点の発想を持ち込んだ齊藤氏は、松徳硝子をマーケットで存在感がある企業、適正な利益を得る企業として道筋をつけた。

松徳硝子 工場の様子 (6)
松徳硝子 クリエイティブディレクター 齊藤能史氏

小島:世界に市場を持つメーカーから、小さな町工場に飛び込んだ。社内で衝突を感じるようなことはありませんでしたか?

齊藤:僕はさっき言った「編集」という感覚で、既存の製品をいじってしまう側です。でも、彼らの伝統や歴史を尊敬しているから、そこはそんなにぶつかりませんでした。真の意味でリスペクトをしていれば変えてはいけないものだってわかりますから。

―「チームの一員」という意識

齊藤:この会社に入ったきっかけでもあるけど、みんなでいい思いをしたいなというのがありますからね。専務としては若干プレッシャーなんですが、みんなで頑張って業績を上げればいいわけで。僕だけでものはつくれないけれど、いいメンバーが揃っていますから。

今はなんとかマーケットと同じ感覚が共有できますが、将来的に、どこかの時点で年齢的なギャップが出てくるものです。いずれは、商品企画やデザイン専門のスタッフも育てたいと思っていますが、現状はなかなかそうも行かず。とは言え、自分のリソースも限られていますし、誰かを育てていかなくてはいけません。MDにしろ、デザインにしろ、今いるリソースでやれないかと、数年前から取り組んでいます。

社員43名のうち、製造部門は33名。あとの10名は社長や経理、出荷販売といった事務方で、そのうちの5名が販売部門です。いただいた注文を受けて検品する、梱包をする、という作業を毎日やってくれています。そもそも、硝子やものづくりが好きで、こういう工場で働いている子たちなので、いい感覚をもってるなと、会社に来てからすぐに気づきました。かつて、デザインを勉強していた子も、そうでない子もいます。でも、全員が毎日ガラスを見ている。「このグラスのここはこうだったらいいなとか思うことない?」と聞いたら、「あります。ここは大きすぎると思うんです」という意見が返ってきます。「そのグラスのそこをちょうどいいサイズにアジャストしたり、リデザインしたりすることも立派なデザインなんだよ。一緒にやらない?」と言って商品企画を進めたんです。

自分が、要件定義を決めるから、その先は、みんなで考えてくれない?と言ったら、どんどんうまくなってきちゃって。「KATACHI」とか「SHUKI」といったシリーズは、その女子チームにデザインしてもらったもの。時には、パッケージなどのデザインを考えてもらうこともありますね。任せた案件については、合間合間で相談にのりつつ、最終的なジャッジと、デザイン的な最終調整くらいで済むので、本当に助かります。

彼女たちはデザイナーではなく、通常の工場だったら出荷係と呼ばれる役職だったんですが、時には、通常の業務に加え、グラスの設計を任せるケースも増えてきたところです。

松徳硝子 工場の様子 (7)
松徳硝子 工場の様子 (8)
―齊藤氏が引き出したクリエイティビティ

齊藤:僕が引き出したというよりは、彼女たちが持っていたということですね。デザイン性だけではなく「機能美」が大切だとスタッフには教えているのですが、いい商品は、両方とも兼ね備えなければいけないものです。グラフィックなどと違い、器は日常で使うもの。絶対的なセンスというのは、純粋なデザインだけでなく、日常のものに関してもあると思います。

お気に入りのコップ。単純に使いやすいもの。そうしたものをつくるにあたって、デザインの専門知識だけが必要な訳ではないよ、と彼女たちには言います。当然、プロとしてのバランスを取るデザインテクニック、商品企画のセンスや、生産性のノウハウは絶対的に必要なんですが、変に小難しくしたくないんですよね。

小島:お話を聞いていると、経営者視点を持って自ら手を動かすことにこだわらず、会社をデザインしているんだなと感じました。

齊藤:あはは、そうかな。出来上がった商品を見て、「おお、イイ感じのができたじゃん!」と。自分たちで考えた商品だから、思い入れも持ってもらえる。それなら、自分がデザインするより2倍も3倍も会社にとっていいなと思うんです。

僕は今年39歳です。このままあと10年はいけるんじゃないかと思ってますが(笑)、自分も様々な方に育てていただいた分、40代になったら次を育てていくタームにしようと考えています。

現場でこないだ引退した工場長が73歳でしたが、次の工場長には33歳を役員会議で指名しました。また、4代目にあたる29歳の社長のせがれの教育係ということで、自分は番頭として、この会社に骨を埋めるつもりでやってます。

― 同じものづくりに取り組む全国の仲間たちと商品企画

小島:齊藤さんはものづくりの仲間との交流も広く大事にしていますよね?

齊藤:前職では仕事に関して結びつくことも少なかったし、なかなかできなかったんですね。でも、今は一線を任されているのが自分たちの世代なので、話も早い。有田焼、山中漆器、江戸切子といった同じものづくりに取り組む全国の仲間たちと一緒に商品企画できるのが嬉しいです。海外の販路開拓等においても連携体制をとることも多いです。だって、日本の食卓を発信するときには、焼き物の良さもあれば、漆器の良さもある。食卓の全ての器が毎日全部ガラスだったら、気持ち悪いじゃないですか(笑)。

将来は、自分でもっと業種をつなぐような活動をしていきたいです。そのためにも、40代のうちに任せられる人をそれぞれの部門で見つける。歴史の継承ってカッコいいじゃないですか。自分の家には系譜というか、そういうものがなかったので、憧れていたところはありますね。

小島:おぉ、それがブランド。

齊藤:そうかもしれません。どこを切り取っても、ときには製品のテイストが変わってさえいても、その時代ごとの松徳硝子であり、根っこの部分は変わらない。僕がこの松徳硝子というブランドに対して思った素晴らしさは、やっぱり「引き算」の潔さなんです。今の時代のデザインは、どうしても引く線が多かったり、大げさな形が多すぎる。個人的にもゴテゴテしてしまう加飾は大嫌いなので、そこが自分にもピッタリ来たんだと思います。

松徳硝子 クリエイティブディレクター 齊藤能史氏 (2)
―「デザイナーの仕事はこう」という固定観念に縛られている人に伝えたいこと

小島:私は仕事で組織の悩みを聞くことが多いんですが、従来の役割の細分化から抜け出せない、中枢に新しい人アイデアを持つ人を受け入れられないというケースが多いです。デザイナーがいかに問題解決に向き合うかが鍵になると思うんですね。

齊藤:まさに。価格やマーチャンダイジングの部分が不可欠なのに、そこがガバッと抜けているようなところが多いと思います。高いからいい、安いからダメというのではなく、道具としてのプロダクトをつくっているのだから、どの価格帯を狙うか? 歩留まりは? 原価設定は? といった問いの設定も、本当の意味での「デザイン」に密接にリンクするはずです。それを探っていくのが面白いと感じるデザイナーには、ぜひこの世界に来てもらいたいですよ。

小島:デザインの領域を狭めないということですね。

齊藤:そう、どの世界でも「これは自分の仕事じゃない」と思った段階で、仕事の幅を狭めていると思うんです。そこを半歩でもいいから、踏み出す。ここから先は他人の仕事だと決めないのが大事です。そうすると、自分の殻を破れるんですよ。「どうやったら齊藤さんのように仕事できるのか」と質問されることがあります。答えは「とにかくやるだけ」ですよ。

頭がいい人ほど、先に考えてしまいがちです。ある商品をデザインするとき、現場から教わることがとても多いです。「こういう線で金型をつくってしまったらキレイな形にならないんだ。じゃ、ここをコンマ5mm広げたらどう?」とか。職人に図面を見せて「こんなデザインのグラス、いくらで売りたいんだけど、原価これくらいで作れる?」とか。「いやぁ、キツいですね」と言われたら、折衷案を共に探ります。それでもダメなら、デザインを根本から変えたり、廃案にしたりすることも多々あります。

いったん金型をつくったら、その先は、職人に委ねる。でき上がったものを見て「ここはお客様に説明して納得してもらおう」とか、「その代わりこっちはもっと詰めてくれ」といったやり取りをしますね。

僕は、森 正洋(陶磁器デザイナー、2005年没)さんを尊敬しているのですが、まさに「現場に答えがある」という趣旨のことを書いていらした。線を引く前に現場へ入れ、と。自分レベルの人間が同意するのも失礼なんですが、心底よくわかる言葉だし、陶磁器とガラス、素材は違いますが、同じデザインに携わる者として、日々とても勇気づけられています。

小島幸代(株式会社ベンチ 代表取締役)

インタビューアー
小島幸代(株式会社ベンチ 代表取締役)

美大でデザインを学んだ後、米国法人リクルーティングエージェンシーにてクリエイティブに特化した採用を8年経験。クリエイティブフィールドで戦うプレイヤーをベンチサイドから様々な角度でサポートしたいという思いから2012年に株式会社ベンチを設立。キャリアコーチングは国内外1.000名以上、雇用契約は400件以上にのぼる。近年は企業のクリエイター採用におけるブランディング、手法のコンサルに従事している。BAPA 運営、TWDW主催。

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「やったのは、元からあったものを生かすことだけ」

VOL.1

「やったのは、元からあったものを生かすことだけ」

「要はデザイナーという肩書きにこだわらなかったんです」

VOL.2

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「線を引く前に現場へ入れ」

VOL.3

「線を引く前に現場へ入れ」

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