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INTERVIEW 24 WHILL 300人へのヒアリングや試乗を重ねた、「WHILL Model A」の開発ストーリー

INTERVIEW 24

300人へのヒアリングや試乗を重ねた、「WHILL Model A」の開発ストーリー

WHILL株式会社 CEO 杉江理氏

2016.04.28

街中を自由に走れる4輪駆動の電動車いす「WHILL Model A(ウィル・モデル・エー)」。スタイリッシュなデザインであることから、これまでの車いすのイメージとは大きくかけ離れている。スイッチを入れて行きたい方向にコントローラーを傾けるだけで楽に走行できる。高い走破性と小回りを両立させる特別なタイヤにより、7.5cmの段差を乗り越えたり、砂利道やでこぼこ道など悪路の走行もこなす。「WHILL Model A」は2015年度のグッドデザイン大賞(内閣総理大臣賞)を受賞し、話題を呼んだのでご存知の方も多いかもしれない。このモデルを開発したのが、今回訪問するWHILL株式会社だ。同社のオフィスがある横浜市鶴見区の横浜市産学共同研究センター実験棟を訪れ、CEOである杉江理氏にお話を伺った。

最初は3人からはじまった、「WHILL Model A」開発ストーリー

2011年のモーターショーでプロトタイプを発表してから製品化までには膨大なリサーチや資金調達など、さまざまな経緯があったと杉江氏は振り返る。開発から製品化に至るまでに苦労した点は大きく分けて3つだ。

WHILL Model Aと杉江理氏

WHILL Model Aと杉江理氏

(杉江)経営資源である、ヒト・モノ・カネ、すべてに苦労しましたね。まず「ヒト(人)」について。「人が事業を作る」というのはみなさんおっしゃいますが、本当に、良い人が入ってくるか来ないかということに尽きます。特に海外ではいい人材を集めるのにすごく苦労しますね。日本の方が少し知名度がありますが、海外ではたぶん日本の30倍くらい苦労したんじゃないかな(苦笑)。

「モノ」については、そもそものスペックや仕様出しとして、競合他社の製品などをすべて含め、どういうふうに設計するのかを考えていくための要素をまず洗い出しました。この最初の作業には一番注力しましたし、時間もかなりかかりました。

リサーチとして行ったことの1つに、「300人へのヒアリング」があります。アメリカのショッピングセンターなどに立ち、車いすで訪れている方に、朝起きてから寝るまでのあいだどう行動しているかということを聞きました。ベッドから車いすにはどう移るのか、トイレにはどう行くのか、便座に移るときはどうするのか、などです。それを聞いて、どこに問題があるのかを探りました。また、2ヶ月間、実際に自分でWHILLに乗って生活するということも行いました。

また、「売る」ということをきちんと意識したのも大きかったかもしれません。プロトタイプはあくまでプロトタイプであって、企画としては潰れてもいいものなんです。「いや、これはプロトタイプなので」と言い訳ができてしまいますが、売り物になれば責任が出てきます。だったら本気で売ったほうがいいと考え、「売る」ことを意識したんです。

そして、最終的には「150万円でも買う」という契約書にサインした方のみの声を聞いて作ったというのもあります。大金を出しても買いたいと、本当に心から思ってくださっている方のために作りました。

開発をおこなっている実験棟

開発をおこなっている実験棟

「カネ」に関して言えば、やはりお金がないと何もできないんですよ(苦笑)。資金をアメリカ、日本、台湾から調達して、量産していく。量産をする場所を台湾で見つけたり、お金にはいろいろと常に苦労しています。製造業というのは常に損益分岐点のスパンが長いものなので、ひたすら資金を集めていかないとダメになってしまいます。ひたすら資金を集めるっていうのが重要です。

現在は、日本・アメリカ・台湾という3つの拠点があり、R&D(研究開発)は日本。セールス&マーケティングが日本とアメリカ。台湾にはOEMパートナーがいるという。最初は3名でスタートしたWHILL株式会社だが、現在のスタッフは40名弱。エンジニア、営業・マーケティング、バックオフィス、レギュレーションチームで構成されている。人数の変動に関してだけでも、激動の3年間だったと想像に難くない。

(杉江)ちなみにデータによると、3年間で92%のベンチャー企業が潰れるそうです。3年間でだいたいの決着がつくという、そういう世界です。今4年目なので、数%に残れたということなのかなと思います。

これまで、レッドドットデザイン賞の優秀賞や日本イノベーター大賞など多くの賞を受賞しているが、2015年にはグッドデザイン賞のベスト100と大賞を受賞した。審査員からは“デザインで社会の課題を解決しようというクリエイターの志の高さ、小さいチームが独自の技術で量産に成功したストーリーが製品に込められ、ひと目で思わず人を共感させる力がある”という評価を得た。

WHILL Model A 全身

(杉江)総合的な面で判断していただけたのかなと思っています。プロダクトそのものだけではなく、プロジェクトの成り立ちや販売するに至るまでの経緯、実際に実現したという結果などをすべて総合したものが受賞に繋がったのかなと思っています。プロジェクト全体として、「グッドデザイン」という評価をしていただいたのではないかなと思っています。弊社だけでなく、ユーザーも自分が乗っているものがグッドデザイン大賞を受賞したと言って、すごく喜んでくれていますね。

車いすをめぐる日米の環境の違い

日本の今の車いすをめぐる環境も変化している。2015年8月に介護保険制度が改正され、一定以上の所得のある層の介護保険の利用者負担額が1割から2割に引き上げられた。それによってWHILLを利用できる人が少なくなってしまうことが懸念されている。

(杉江)簡単に言うと、車いすで働いている人の負担が増えるというわけです。やはり外へ出て行く頻度をもっと上げるためにこの製品を作っているので、そうした意欲を削ぐような制度だと良くないと思っています。もともと利用者の負担額が1割で、だいたい月5千円くらいでWHILLをレンタルできましたが、今後2割負担になる方が増え、2017年度にはさらに制度が改定されるので、人によっては解約せざるをえなくなるんです。

日本とアメリカ、両方で車いすに乗ったことがあるという杉江氏。問題点や意識の違いについても大きく差があるという。

(杉江)以前アメリカで電動車いすに乗って通勤していたことがありますが、通勤は日本よりアメリカの方が圧倒的に便利だと思います。日本ではインフラの問題が大きく、アメリカに比べると、アクセシビリティが圧倒的に悪いです。トイレひとつ取っても、アメリカだとスペースが広いですし、段差もありません。日本ではこれから建築法が整備されていくようですが、アメリカより遅れています。

行きたい場所に自由に行けないということはつまり、外へは出られないということです。だから出かけなくなってしまう、それは当然だと思います。そのあたり、アメリカの方がアクセシビリティが圧倒的にいいのでやっぱり乗ってる人が多いですし。なのでインフラが一番重要な問題じゃないかな。

人の意識に関しても差があると思います。車いすに乗っているというと、大変そうとか、なにかハンデをつけてあげなきゃ、という雰囲気があると思うんですが、アメリカの法律ではおそらくそういったことも差別だ、とされていると思います。心のバリアという意味ではアメリカの方が進んでいるのかなと思います。

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