NOSIGNER代表太刀川英輔が選ぶ
ドイツのモノ・コト

太刀川英輔 プロフィール

慶應義塾大学大学院理工学研究科修了。在学中の2006年にデザインファームNOSIGNERを創業。ソーシャルデザインイノベーションを生み出すことを理念に活動中。建築・グラフィック・プロダクトなどのデザインへの深い見識を活かし、複数の技術を相乗的に使った総合的なデザイン戦略を手がけるデザインストラテジスト。Design for Asia Award大賞、PENTAWARDS PLATINUM、SDA 最優秀賞、など国内外のデザイン賞で50以上の受賞を誇る。
http://nosigner.com/

“ドイツ人はリファインメントを繰り返していくのがすごく上手な人たち”

ポルシェ

  • 太刀川英輔氏所有のポルシェ911のモデルカー

僕は子どもの頃からずっと車が好きだったんです。幼稚園の頃から「あれはカローラ」とか走ってる車が全部言えたらしいです。単純に形とか好きだったんでしょうね。ポルシェの話で他の国と違う考え方だなと思うのは、ドイツの「DIN(Deutsches Institut für Normung)」という工業規格のこと。ドイツの車は最高速度の定義が違うんです。例えばイタリアとか他の国だと、瞬間最高速度でOKなんですよ。ただ「DIN」の場合は巡航できる最高速度じゃないといけない。要するにその速さでずっと走れないといけないというルールがあるんです。だから、そのコンセプトの違いによってポルシェという車の設計思想は、質実剛健に200km/hのスピードで常に走り続けることができるようにつくられている。しかも「911」は基本的な設計思想が40年以上変わっていません。リアエンジン、リアドライブ、2プラス2で4人乗りだけど後ろはほぼ乗れないとか。ずっと変わってないですよね。そういうブランドは、ポルシェだけじゃなくてライカとかロットリングみたいにドイツに多いです。

国際カーレースに出る時に、ドイツはシルバーで出るというルールがあったんです。イタリアだったら赤だったり、フランスだったら青だったりするんですけど。そこでドイツはシルバーを選んでいる、自国を示す色に素材の色を選んじゃうところもドイツ人らしさが伺い知れますよね。

バウハウス

  • 太刀川英輔氏所有の「バウハウス・デッサウ展」カタログ
  • ヴァルター・グロピウスが創設した造形美術学校「バウハウス」 (Photographer Keute, Jochen)

モダンデザインの系譜を見た時に、バウハウスはものすごく重要なんですよ。それはなんでかというと、そこでデザインとエンジニアリングが出会って、産業革命とデザインの接点になってるから。その時の思想がモダンなデザインの基盤になっているから、現代のプロダクトもグラフィックも、基本的な考え方はほとんどここからはじまっている話なんですよ。

バウハウスには表現としての形じゃなくて、必然的帰着としての形を見出していくという美意識があります。ポルシェもそうだけれど、現代ドイツのデザインも、この思想とデザインの結びつきに端を発しています。ドイツのデザインは、最初の設計思想が哲学として提示されていて、それを継承していくんですよ。ずーっとリファインメントを繰り返していく、そういう考え方がすごく上手な人たち。

日本のメーカーだと、形の違いを出すために春モデルだとかリニューアルするけれど、ああいうことではないわけです。形は同じでもいい。リファインメントの考え方ですね。

面白いのは、新しいものをつくらないでリファインして精度を上げていくという感覚と、我々日本ないしアジアが持っている「禅」的な思想っていうのは極めて相性が良いんですよ。ディーター・ラムスも家に日本庭園をつくってますしね。このことはもう一回考え直して良いところで、これから加速度的にものをつくれなくなっていく、つくるけれどつくってはいけないという状況が進むようになる中で、リファインとかリペアのような思想が大事になってくるでしょう。

ベルリンの新世代デザイナー

  • milena klingのWEBサイト

いまのベルリンの若いデザイナーが持ってる美意識は、戦線から続くメーカーが持ってる質実剛健なドイツデザインのイメージとはちょっと変わってきているんですよね。もっと華やかで、実験的で余白がある。アートとデザインの中間が盛り上がっているんですよね。

例えば、Milena Klingという活躍しているドイツの若手デザイナーがいて、彼女は2007~2008年くらいにウチ(NOSIGNER)でインターンしてたことがあるんです。まだ20代後半かな。随分前だから、NOSIGNERのことをよく知っていたなあって思うんだけども。ドイツからのインターンはすごい多いですよ。6~7人はインターンに来ているんじゃないかな。しかもみんな長いの。

彼女や他のインターンだったみんなが持つ美意識、あるいはベルリンの街の空気にも共通して感じることなんですけど、非常に実験的な精神があるんですよね。ある種の豊かさというかね、「レス・イズ・モア」の概念を超えたところの、もう少しエモーショナルで感覚的に訴えかけているようなものが、ドイツの中で出てきている。それは、ドイツが若い人たちに対して可能性を応援する文化を持っているから。

素材に対する実験とかクラフト的な美意識があるんですよね。あとは表現に対しての寛容さとか自由さが街にあふれている。それまでの禁欲的でストイックな完全に四角の中でやりきるみたいなのではなく、新しい表現の形みたいなのが、ドイツから出てきている感じがするんですよね。だからドイツというとバウハウスとかロットリングと思い浮かぶけど、実はそれだけではなくて、ヨーロッパの中でも自由に表現ができる場所として、現代のドイツがある。特にベルリンはそうなっていると思います。