ミラノサローネ特集 さまざまな企業やデザイナーの出展情報や見どころを紹介
ミラノサローネにみるデザイン・スクールの最新動向
ECALやアアルト大学の高い完成度VSライブ感のあるプロセス展示
2013/06/05
レポーター:久慈達也
世界最大の家具見本市ミラノサローネは、世界のデザイン・スクールの学生作品が一堂に会する貴重な機会でもある。2013年は、近年の注目エリアであるランブラーテにデザイン・アカデミー・アイントホーヘンが移動する一方で、常連校であったロイヤル・カレッジ・オブ・アート(RCA)は参加を見合わせた。また、昨年市内で展示をしていたカールスルーエ造形大学やパリ国立高等装飾美術学校(ENSAD)は、会場をサローネ・サテリテへと移した。
トレンドは「食」
デザイン・スクールの展示に限れば、今年のトレンドは「食」に関するプロジェクトであった。オーストリア国境に近い北イタリアに位置するボルツァーノ自由大学(Libera Universita di Bolzano)は、特産品の一つであるリンゴを題材に、“A BITE IS NOT ENOUGH”というテーマの下、簡易な道具と柔軟な発想で新しい食べ方を提案した。調理の過程に遊び心が盛り込まれており、多くの来場者が試食を楽しんでいた。同じランブラーテ地区に出展していたオランダのウィレム・デ・クーニング・アカデミー(WdKA)もキッチン雑貨に特化して作品を発表した。転がすだけで生地に模様が付けられる延べ棒や、家庭用の肉挽き器を使って身近な素材からうつわを作る方法を示すなど、こちらも人気を博していた。
一方、昨年から始まったMOSTの会場では、ポーランドのSchool of FORMが、3Dプリンターで作るクッキーや工業用ロボットで作るアーモンドケーキなどを発表していた。ランブラーテ地区の二校がアナログな手法であるのに対し、こちらは工業機器や電子工作機を使った制作プロセスが主である。また、工業用ロボットを用いてカクテルを制作するプロジェクトMakr Shakrには、マサチューセッツ工科大学のSENSEable City Labが参加していた。こうしてみると、一口に「食」と言っても、柔軟な発想で現状を見直すのか、工業機器を用いて新たな制作プロセスを確立するのか、という異なる二つの流れがあるようだ。
ものづくりの現場 — ライブ・デモンストレーション&プロセス
「食」に関する展示も基本的にはそうであったが、今年は、制作設備を会場に持ち込み、ライブ・デモンストレーションをしてみせる例が目立った。ランブラーテに出展していたハーグ王立芸術アカデミー(KABK)は、石膏を素材にその場でジュエリーやオブジェなどを制作し、バーゼル造形芸術大学(FHNW)は、再生紙からランプシェードを制作する様子を展示した。いずれも会場に「ものづくりの現場」が生まれていたのが特徴だ。
デザインの過程を意識させるという点では、デザイン・アカデミー・アイントホーヘンの展示“Linking Process”も共通しているが、こちらは現場でのライブ・デモンストレーションではないぶん、個々の作品の完成度は高い。丹念な渉猟調査により土地の個性を色へと落とし込んだ《Ceramic Paint,Collection Cornwall》、素材の収縮率の差を造形に活かした《The Symbiosis of Stoneware & Porcelian》などは、制作過程の産物を多数展示することによって、見る者を作品の背景へと誘った。
制作プロセスやデモンストレーションを見せようとする学校が目立つ中、反対に、個々の作品の高い造形力を存分に披露したのが、今年ランブラーテにデビューしたフィンランドのアアルト大学である。とりわけ木工とガラスの造形力は群を抜いていた。現場でのプロジェクトはパフォーマンス性が高い反面、制作物それ自体の質を落とすこともある。同校のように最終的な成果をきちんと目にすることができる展示は好感が持てる。
「歴史」を見せたkkaarrllsとミラノ工科大学
カールスルーエ造形大学のデザイン・コレクティブkkaarrllsは5周年の節目に市内のギャラリーからサローネ・サテリテに会場を移した。新作はなく、3Dプリンティングによるミニチュアで過去の作品を網羅的に見せる展示であった。コレクションの見せ方は巧みであったが、やはり新作を見たかったという気もする。趣向は異なるが、ミラノ工科大学(Politecnico di Milano)も自らの「歴史」を可視化する内容だった。学生作品を一切出さずに、過去に教鞭を執っていたアキッレ・カスティリオーニが集めたオブジェを展示するという大胆なアプローチで、同校の精神的な資産を示した。若手の作品発表の場というサローネ・サテリテの性格を鑑みれば、広報的な面が勝ち過ぎた気もするが、カスティリオーニが講義で用いた貴重な品々を目にすることができたのは眼福だった。
ECALの創造性に富んだ世界観
さて、今年最も存在感を示したのはどこかと問われれば、やはりスイス州立ローザンヌ美術大学(ECAL)を挙げたい。メインとなる“Savoir-Faire”では、スイスの工具メーカーFELCOと作った完成度の高いハンドツール《Hachette》、木の枝に穴を空けるための工具のリサーチ《Designing by Making》のほか、自転車用の各種装備、帽子から伸びたアームで自らの周囲を360度撮影できるカメラ《Satellite》、靴音をサンプリングする機構を持ったハイヒールなど、創造性に富んだ世界観を見せてくれた。多彩な才能が集っていることを感じさせる。
もう一つの展示“The Iceland Whale Bone Project”は、アイスランドの海岸で採取できる素材から制作するというもの。ミンク鯨やサメの骨などの自然の形状を巧みに読み解き、作品化していた。
また市内では、新作ではないが、バカラとのコラボレーション作品の展示があったほか、Wallpaper誌の企画でもEPFL+ECAL LABとPaul Cocksedge Studioによる、圧縮材でピンヒールを制作するプロジェクトが紹介されるなど、近年の勢いは健在であった。
総じていえば、「食」というキーワードが一気に浮上し、制作プロセスをダイレクトに見せるライブ・デモンストレーションの割合が増えたのが、今年のデザイン・スクール展示の特徴であった。それでも、コンセプトの面白さが際立っていたECALや高い造形力を示したアアルト大学がどこよりも印象的だったのは、作品それ自体の強度によって展示空間が形作られていたからであろう。
Profile
久慈達也/DESIGN MUSEUM LAB 代表
1978年、青森生まれ。東北大学大学院国際文化研究科博士課程中退。「デザインについて考える場」を作ることを目的に、DESIGN MUSEUM LABを設立。社会の表象としてのデザインプロダクトに関心を持ち、展覧会企画や執筆のほか、展示設計などを行う。
http://dm-lab.com/
