ミラノサローネ特集 さまざまな企業やデザイナーの出展情報や見どころを紹介

デザイン・スクール展示にみるもうひとつのミラノサローネ

デザイン・スクール展示にみる
もうひとつのミラノサローネ

スイスのECAL、オランダのアイントホーヘン、スウェーデンのkonstfack、イギリスのRCAなど各国の有名デザイン系学校が出展

2012/06/06

レポーター:久慈達也

世界最大級の家具見本市であるミラノサローネには、企業のみならず、世界各地からデザイン系の学部を持つ美術大学や専門学校が参加している。サローネサテリテ内の学校ブースへの出展(日本勢では金沢美術工芸大学が参加)のほか、市内のスタジオやアパートメントを借りての展示、そして、近年注目のランブラーテ地区への出展が一般的な参加形態である。トルトーナ地区での出展例もあるが数は少ない。ミラノサローネ全体で40 校ほどが名を連ねる。このレポートでは、ミラノサローネ期間中のデザイン・スクールの展示に焦点をあて、その展示の様子と注目の作品から、各校の特徴を捉えてみたい。

ロナン・ブルレックと学生のワークショップ作品など勢いのあるECAL

本会場であるフィエラに設けられたサローネサテリテの中でも、ひと際人気を博していたのが、招待校のECAL(スイス州立ローザンヌ美術大学)による展示「Hydro-Fold」であった。使っているのは家庭用プリンターとトレーシングペーパー、水とインクというありふれた素材。水を混ぜたインクでパターンをトレーシングペーパーに出力すると、パターン部分が折り目となって立体が立ち上がる、という多岐に渡る応用の可能性を感じさせる実験的なプロジェクトであった。学部3年生によるアイディアである。

ECAL はサテリテの他に、スフォルツェスコ城近くのスタジオでも「Too Cool for School」と「Hot Tool」という2つの展示を実施。前者は、家具に限らず、写真やタイポグラフィ、電子デバイスを用いたインタラクティブ作品など幅広いキュレーションが成されており、同校の教育の幅を伝える。一方のHot Tool は、プロダクトデザイン学科の院生が客員教授のロナン・ブルレックらと共に行ったワークショップの成果であり、ガラスという単一の素材に対する各人の斬新な試みが新鮮な形状を生み出していた。昨年のアレッシィやバカラとのコラボレーションも秀逸であったが、同校の勢いがここでも感じられた。

アイディアを生み出したChristophe Guberanはまだ学部3年生
アイディアを生み出したChristophe Guberanはまだ学部3年生
ロナン・ブルレックの指導による「Hot Tool」
ロナン・ブルレックの指導による「Hot Tool」

会場構成の細部まで行き届いた完成度の高い展示

デザインアカデミー・アイントホーヘンは例年通り市内のスタジオでの展示である。中心部から少し離れた場所だが、出展校の中では一番の広さである。高い表現力を併せ持ったスケールの大きな作品は影を潜め、キャプションを読むことで「なるほど」と思わせられる、実直なリサーチを背景に持つ作品が目立った。その中にあって、病院の待ち合いをテーマにした《worth waiting for》は、同校らしいコンセプトの冴えを見せる。 カールスルーエ造形大学(Karlsruhe University of Arts and Design)も市内で展示をしているうちの一校である。モスコヴァ駅の近くで、比較的小規模ではあるが、洗練された雰囲気で作品を見せていた。同校の授業を通じて生み出されるコレクション「kkaarrlls」の新作と旧作を織り交ぜての展示である。いずれの作品もコンセプトが明快に形状へと落とし込まれており、造形力の高さを証明していた。

Philip Luschen《worth waiting for》
Philip Luschen《worth waiting for》
カールスルーエ造形大学kkaarrllsの展示
カールスルーエ造形大学kkaarrllsの展示

Konstfack(スウェーデン国立ストックホルム美術工芸大学)は、昨年に引き続き、Spazio Rossana Orlandi での展示であるが、規模は拡張され、小物から家具までバランスの良い展示となっていた。出展作品の一部には既に製品化されているものも含まれているだけあって、完成度の高い作品が揃う。作り手の感性が光るテキスタイル作品が美しい。市内で展示していた上記四校に共通して言えることは、出展作品のセレクトからキャプションに至るまで、展示が非常に良くコントロールされているということである。

Konstfackの展示
Konstfackの展示
Oscar Sintring《Warp》
Oscar Sintring《Warp》

注目のエリア、ランブラーテ地区には数多くの大学が出展

さて、多くの大学が名を連ねるランブラーテ地区へと歩を進めよう。抜けの良い大空間が集うこの地区には、ヨーロッパ圏を中心に、十数校の参加がある。昨年と比べて倍近い数の出展が見られること、トルトーナ地区で展示していた学校が移ってきていることなどを勘案すれば、ランブラーテ地区への出展がトレンドとなっている状況がうかがえる。

ランブラーテの雄RCA(王立芸術学院)は、今年は元学校を使ってのプレゼンテーションで多くの観客を集めていた。「Paradise」をテーマに掲げ、カラフルなセロファンを効果的に用いた展示であった。作品は良くも悪くも肩の力が抜けている様子で、作品の仕上がりには若干のばらつきが認められるが、それでも独自の制作手法で挑んだ野心的な作品を見ることができた。D.I.Y 的な要素が多く見られるのも同校らしい。

多くの人で賑わうRCAの展示
多くの人で賑わうRCAの展示

ランブラーテ地区では、それぞれに趣向を凝らした展示がみられたが、作品それ自体が目を引いたのは、イスラエルのベツァルエル美術デザイン学院(Bezalel Academy of Arts and DesignJerusalem)である。東日本大震災の影響もあるのだろう、出展作品には災害時の使用をテーマとしたものも見受けられたが、磁力線が生み出す形を用いた造形、あるいは紙のこしを構造に活かしたデスクライトなど、素材の特性を良く捉え、制作に活かすアプローチが印象的であった。

ベツァルエル美術デザイン学院designBONANZAの展示
ベツァルエル美術デザイン学院designBONANZAの展示
Roi Vaspi-Yanai《Arm》
Roi Vaspi-Yanai《Arm》

以上のように、各デザイン・スクールの展示を巡っていくと、単に企業主体の見本市と割り切ることができないミラノサローネのもう一つの側面が見えてくる。世界のデザイン教育の状況を俯瞰すること、それもまたミラノサローネという「装置」が与えてくれる恩恵である。であればこそ、日本からの出展が少ないのは寂しい状況と言わざるをえない。距離に起因する問題は少なくないが、彼らと同じ場に身を置き、作品を批評してもらうことで見える世界もあるだろう。また、世界の同世代がどんなことを考え、どんな作品を作っているのかを肌で知ることも、その後の成長に少なからず影響を及ぼすものと思う。日本からの積極的な参加を期待したい。

Profile

久慈

久慈達也/DESIGN MUSEUM LAB 代表

1978年、青森生まれ。東北大学大学院国際文化研究科博士課程中退。「デザインについて考える場」を作ることを目的に、DESIGN MUSEUM LABを設立。社会の表象としてのデザインプロダクトに関心を持ち、展覧会企画や執筆のほか、展示設計などを行う。
http://dm-lab.com/