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オリンピック「トーチ」デザインの変遷

オリンピック「トーチ」デザインの変遷

開催国の個性とオリンピックの祝祭性、そして機能性を結晶させたプロダクト

2014/10/08

JDN編集部

2020年の東京オリンピックに向けて、競技場、エンブレムなど、デザインが関わる話題が続いている。1964年の前回は、亀倉雄策のシンボルマークとポスター、世界初のピクトグラム導入、代々木競技場など、高い評価を得て現在にも影響を与え続けているデザインの貢献があった。今回はどのようなデザインが現れ、新しい時代につながるのか関心はつきない。

オリンピックに伴って開発されるデザインは膨大だ。競技場、選手村、サイン、ピクトグラム、入場券やパンフレット、エンブレム、メダル、ポスター、セレモニーの衣装、ユニフォーム、キャラクター、関連の雑貨・土産品などがすぐに思い浮かぶ。そんな中の一つに、アテネからリレーで聖火を運ぶためのトーチがある。
(上写真:最近のトーチ、左からトリノ06年冬、北京08年夏、バンクーバー10年冬、ロンドン12年夏、ソチ2014年冬)

左からベルリン1936年夏、ロンドン48年夏、オスロ52年冬、40年は東京開催が決定していたが戦争により中止となった
左からベルリン1936年夏、ロンドン48年夏、オスロ52年冬、40年は東京開催が決定していたが戦争により中止となった
左から東京1964年夏、グルノーブル68年冬、メキシコ68年夏、札幌72年冬
左から東京1964年夏、グルノーブル68年冬、メキシコ68年夏、札幌72年冬
左からリレハンメル1994年冬(1.2kg、152cm)、アトランタ96年夏、長野98年冬
左からリレハンメル1994年冬(1.2kg、152cm)、アトランタ96年夏、長野98年冬

トーチは単なるオブジェではない。10分程度燃焼できる燃料の収納、雨や風への対策、晴天下でも見やすい炎の色、放熱、片手で持って走ることができる大きさ重さバランス、大量に製造できること、といった条件がある。
最後の「大量に」を意外に感じる人もいるかもしれないが、トーチは一点物のアートピースではない。長野オリンピックでは1700点、過去最大規模の聖火リレーと言われたソチオリンピックでは1万4000点が製造されている。

開催国の個性を示しオリンピックの祝祭性を表現するだけでなく、こうした機能面でのハードルをクリアし大量に製造されるトーチ。前回の東京オリンピックと札幌オリンピックのトーチをデザインしたのは柳宗理だったのはご存知の通りだ。
2020年の東京オリンピックについては、エンブレムデザインが公募中だが(2014年10月8日時点)、トーチはどのように決まりどのようなデザインになるのだろうか。

ここでは、スイスはローザンヌにあるオリンピック・ミュージアムに取材し、1936年ベルリンに始まるトーチの変遷を紹介する。まずその歴史を振り返ってみよう。

  • オリンピック・ミュージアムはレマン湖(ジュネーブ湖)畔に1993年に開業した
    オリンピック・ミュージアムはレマン湖(ジュネーブ湖)畔に1993年に開業した
  • 入口を経てミュージアム施設に向かう階段には聖火リレー最終ランナーの名前が刻まれている、1964年の東京オリンピックは坂井義則氏
    入口を経てミュージアム施設に向かう階段には聖火リレー最終ランナーの名前が刻まれている、1964年の東京オリンピックは坂井義則氏
  • オリンピック・ミュージアムの顔出し
    オリンピック・ミュージアムの顔出し

1936年のベルリン。このオリンピックから聖火リレーが始まった。ギリシャから欧州の主要都市を経由してベルリンへ到着した聖火リレーのルート。これは第二次大戦の下見だったのではないか、という説まで生まれたという。トーチは、ナチス・ドイツのための作品を多く残したことでも知られる彫刻家ヴァルター・レムケ(Walter Lemcke)によるデザイン。当時、新開発の素材だったジュラルミン製で、装飾らしい装飾はない。

  • ミュージアムのコレクションはここから始まる、ベルリン1936年夏のトーチ(トーチホルダー)
    ミュージアムのコレクションはここから始まる、ベルリン1936年夏のトーチ(トーチホルダー)
  • 初期のトーチ、古典的な雰囲気が多い中、ベルリンのシンプルさが際立つ
    初期のトーチ、古典的な雰囲気が多い中、ベルリンのシンプルさが際立つ
  • ローマ1960年夏、古代ローマ遺跡を模している
    ローマ1960年夏、古代ローマ遺跡を模している

ベルリン以降は古典的なイメージのトーチが続く。その保守的とも言える流れを断ち切ったのが1964年の東京だ。デザインは柳宗理。日本の伝統や個性の分かりやすい表現ではないものの、ミニマム、シンプルという哲学を表現したモダンデザインといえる。今の目で見ると普通に感じるが、それまでの古典的イメージに慣れていた目には新奇に見えたのではないだろうか。この思い切りは、戦後を終えて新たに発展していく日本だからこそ選択できたデザインなのかもしれない。

  • 東京1964年夏、デザインは柳宗理
    東京1964年夏、デザインは柳宗理
  • 東京1964年夏
    東京1964年夏
  • 札幌1972年冬、デザインは柳宗理
    札幌1972年冬、デザインは柳宗理
  • 札幌1972年冬、トーチホルダーの形状は聖火台と連携している
    札幌1972年冬、トーチホルダーの形状は聖火台と連携している
  • アルベールビル1992年冬、デザインはフィリップ・スタルク、1.4kg、41cm
    アルベールビル1992年冬、デザインはフィリップ・スタルク、1.4kg、41cm
  • バルセロナ1992年夏、伝統的な左右対称から脱却、デザインはスペインのインダストリアルデザイナー、アンドレ・リカルド(André Ricard)
    バルセロナ1992年夏、伝統的な左右対称から脱却、デザインはスペインのインダストリアルデザイナー、アンドレ・リカルド(André Ricard)

柳宗理以降は、メキシコを除くと、古典とモダンの折衷かシンプルなデザインが続く。そこに登場したのが1992年のアルベールビル、デザインはフィリップ・スタルク(Philippe Starck)。時代背景はポストモダン、その彫刻的な形状は斬新だ。
以降は、大型化、左右非対称等、素材や加工技術の発展と共にその形状のバリエーションが増加する。共通するのは地域性の打ち出し、バナキュラーだろうか。

  • 長野1998年冬、松明(たいまつ)をモチーフに六角形で雪の結晶を表し地域性を打ち出した
    長野1998年冬、松明(たいまつ)をモチーフに六角形で雪の結晶を表し地域性を打ち出した
  • シドニー2000年夏、カットモデル、内蔵されたガスボンベが見える、シドニーのオペラハウスがモチーフ
    シドニー2000年夏、カットモデル、内蔵されたガスボンベが見える、シドニーのオペラハウスがモチーフ
  • トリノ2006年冬、デザインはフェラーリのデザインを手がけるデザイン事務所ピニンファリーナ、スキーや山の頂きがモチーフ、1.85kg、77cm
    トリノ2006年冬、デザインはフェラーリのデザインを手がけるデザイン事務所ピニンファリーナ、スキーや山の頂きがモチーフ、1.85kg、77cm
  • 北京2008年夏、デザインはレノボ(Lenovo)グループのイノベーションデザインセンター、トーチの下部と上部は外観にある雲の渦巻きが彫り込まれている
    北京2008年夏、デザインはレノボ(Lenovo)グループのイノベーションデザインセンター、トーチの下部と上部は外観にある雲の渦巻きが彫り込まれている
  • ロンドン2012年夏、デザインはバーバー・アンド・オズガービー(Edward Barber and Jay Osgerby)、8000人のランナーが8000マイルを走る聖火リレー、穴は8000個、800g、80cm、アルミニウム
    ロンドン2012年夏、デザインはバーバー・アンド・オズガービー(Edward Barber and Jay Osgerby)、8000人のランナーが8000マイルを走る聖火リレー、穴は8000個、800g、80cm、アルミニウム
  • ソチ2014年冬、ロシア民話「火の鳥」の光る羽がモチーフ、1.5kg、95cm、アルミニウム・樹脂、バイカル湖の水中や宇宙空間でも使われたことも話題となった
    ソチ2014年冬、ロシア民話「火の鳥」の光る羽がモチーフ、1.5kg、95cm、アルミニウム・樹脂、バイカル湖の水中や宇宙空間でも使われたことも話題となった

全体を振り返ると、1936年のベルリンに始まり、1964年東京の柳宗理、1992年アルベールビルのフィリップ・スタルクが大きなエポックであったと言えるのではないか。古典期、モダン期、ポストモダン・バナキュラー期という28年ずつの三分割だ。そして来る2020年の東京、間隔は奇しくも同じ28年だ。
素材や技術のイノベーション、思想やデザインの潮流、世代の交代という面からも約30年という間隔には妥当さがあるのかもしれない。いずれにしても、2020年、東京、日本はトーチを通してどのようなメッセージを世界に発信するのか、改めて期待したいところだ。


●取材協力
The Olympic Museum
http://www.olympic.org/museum
日本・スイス国交樹立150周年記念 特設ウェブサイト
http://swiss150.jp
日本・スイス国交樹立150周年記念
●参考文献
A Collection of Olympic Torches - Interactive Graphic - NYTimes.com
http://www.nytimes.com/interactive/2008/08/01/sports/20080802_TORCH_GRAPHIC.html?_r=0
第4回 ベルリン大会のトーチホルダー 〜史上初の聖火リレーにまつわる噂 - オリンピック・メモリアルグッズ - JOC
http://www.joc.or.jp/column/olympiccolumn/goods/20050818.html
第9回 札幌と長野のトーチ 〜時代の変遷に見るトーチの変化 - オリンピック・メモリアルグッズ - JOC
http://www.joc.or.jp/column/olympiccolumn/goods/20060120.html
オリンピック聖火 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/オリンピック聖火
takram laboratory 2012 London Olympic Torch
http://lab.takram.com/2012-london-olympic-torch/
ソチ五輪の聖火トーチがお目見え | ロシアNOW
http://jp.rbth.com/arts/sport/2013/01/18/40949.html