管理職として絶対言うまいと決めた二言
── デザイナーとして多くの製品を形にしてきた井戸氏が、管理職の立場としてこの二言だけは絶対に言うまいと決めている言葉がある。
「『会社っていうのはこんなもんだ』『俺の立場を考えてくれよ』という言葉です。かつて自分も言われたときにとても苦々しい気持ちになったので…。
でもこの言葉を封印すると実はすごく辛いんですよ。たとえば会社の慣習になぜ従わなければならないか、よく考えるとおかしなこともたくさんある。それを部下に指摘されてはっとさせられますよね。
その二言を封印したおかげで改めて考える機会になっています。こんなもんだ、と言って押しつけるのではなく、どうしたいのか数時間かけて話し合うこともよくあるんです。
デザイナーそれぞれが持っている個性は違います。
たとえるならば、見た目は同じ形の箱だとしても重さが違う感じ。私はその箱についているヒモを引っ張る役目ですが、そのヒモもみんな違う。ロープみたいな頑丈なヒモで引っ張ればぐいぐいついて来る人もいるし、細い糸のようなヒモで強く引っ張ると切れてしまう場合もある。でもそーっと引っ張れば近寄ることはできるじゃないですか。その感覚を失ってはいけないと思うんですね。そういう意味でも会話は大切」
── 互いに納得いくまで意見を交わす。だからこそ、デザイナー側にも強い意志を求めている。
「自分がデザイナーとしてどうしたいか、常に意識してほしいですね。管理職としては部下のモチベーションを高めるために、給料を上げるとか、役職を与える等の手法を使うのですが、全てできる訳ではない。そして、仮に物質的な要求が満たされても満足するのは一瞬のこと。自分がやりたいデザインを世の中に出すとか、一人一人の喜びが違うので、何を目指したいのか把握することでモチベーションが上げる方向に導きたい。ネガティブになることがあってもそのなかに必ずポジティブな面がある。悩んで苦しんでいることが成長につながることもあるから」
── 同時に、企業の中で働くデザイナーであることを活かし、デザインの価値を企業内でも高めてほしいという。
「企業のメリットとしては、人が多いのでいろんな考えに出会えること。お金がある。開発費をかけていろんなことができる。ブランド力があるので、試作などもスムーズに引き受けてもらいやすい。つまり、人と環境とブランド。大企業のデザイナーならそれを大いに活用してほしいのです。
大企業のなかで何をやるのか、意志をもつべき。
これからはもっとデザインの価値が求められる時代になる。仕事の大きな流れの一部分という存在にデザインがとどまっていたら、社内にもその価値は伝わりません。商品企画、仕様、プロモーション、マーケティング、営業にまで関わるのがデザイン。さまざまなセクションに、デザインの価値を認めてもらうような力を発揮してほしいですね。
そして、デザインについては、誰でも何でも語れる状況があります。だからこそ、自分のデザインがなぜ良いかを論理的に語ることができるデザイナーは貴重な人材だと思っています」
── 自己を追求するあまり“作品づくり”へ走ってはならない。しかし個性を発揮できなければオリジナリティの表現にはつながりにくい。デザインの自由度が高い環境で、井戸氏の的確な軌道修正が、カシオデザインを独自の高い価値へと導いているのだろう。