すべてのカシオデザインが生まれる場
── 都内の本社ビルを拠点とするカシオのデザインセンター。事業で分かれているのではなく、時計もデジタルカメラも、電卓、電子手帳、楽器などすべてが隣接した部署でデザインされている。情報交換に風通しのよいこの環境は、携帯電話のデザイン開発にも刺激となっている。
「時計とデジカメと携帯をやっているメーカーは世界でもカシオしかない。それも貴重な特徴。時計もデジカメも趣味の世界が存在する商品ですので、その方向性は携帯電話にも表れていると思いますし、意識すべきDNAでしょう。
また、画面デザインも社内で行っていて、非常に労力をかけている部分です。このデザインで進めて良い、という判断もデザインセンターに委ねられている部分が大きく、一種の企業風土と言ってもよいのかもしれませんね。もちろん、責任も重大ですが。
日本の携帯電話市場は、世界の中で極めて独特ですよね。いくつものメーカーが新機種を競って発表するこの状況は、ガラパゴス諸島のように(笑)日本だけ特別な進化をしてしまったように捉えられています。だからといって一気にグローバル化して世界的メーカー、サムソンやノキアなどと肩を並べようとする動きもありますが、ガラパゴスの中で絶滅危惧種に近くなっても大切にされて生き延びるというあり方も考えられますよね」
── どのデザイナーにどんな才能があるか。見極め、新しい可能性を引き出すのも井戸氏の役割だ。
「デザインは基本的に、何案もつくってそのなかから選ぶということはしません。共に話し合うなかで方向性を決めてしまって、あとはひたすらその質を上げるために各部分をこだわって突き詰めていく時間に使います。
それと、時間に余裕があるときに2〜3年先を想定したデザインを考えておきます。つまりオリジナルデザインのストック。それを検討しながら次の機種に発展させていくこともありますね。
いろいろなデザイナーがいるので、それぞれのスキルは個別に把握しておくことが大切だと思っています。たとえば、携帯電話の画面(GUI)のデザインは本体とは別なデザイナーが担当しますが、もともと画面を専門としている訳ではない場合もあります。
たとえば『Heart Craft』という本を出版する元となった、待ち受け画面のデザインを手がけた城聡子さんはプロダクトデザイン出身です。それまで画面のデザインの多くは外部に依頼することがありましたが、今後は内部でやろうということになって、彼女が始めました。グラフィックもプロダクトも根底は一緒なのであまり差はないし、できる人は何をやってもできますね」
── 優秀なデザイナーばかりなので、現場は自主性に委ねても先へ進む、と強い信頼関係がうかがえる。デザインにおける最終責任を負う立場に求められるのは、彼らにとって働きやすい環境の整備と舵取りだと言う。
「携帯から撤退するメーカーもありますし、事業採算ラインを見直す時期にきています。デザイナーが選べる事業体制ではありませんが、“100人に1人”というコンセプトに立ち戻り、ユーザーに喜んでもらえる携帯電話をつくっていきたい。魅力とそれだけの価値がある端末と、市場のターゲットを絞り込んでいくべきです」