駅舎写真:松岡満男

「みなとみらい線(正式名称・みなとみらい21線)」の大きな特徴が、個性溢れる各駅舎のデザイン。かつてない規模の地下空間と建築家起用の実現までを振り返った前半につづき後半では、「馬車道駅」と「新高島駅」について建築家と家具の作り手の立場から語っていただいた。
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街や人々に響き合い、ともに発展する駅
馬車道駅:建築家・東京大学大学院教授 内藤廣氏


馬車道駅は、横浜の発展を担った歴史ある建造物と、再開発が進む新しい地区のちょうど中間点に位置することから、「過去と未来の対比と融合」をデザインのメインテーマに設定。プロジェクトは1993年6月のデザイン委員会からスタートし、2004年2月の開業まで10年という長期にわたった。


内藤廣氏
内藤廣氏

「印象に残っているのは元・国鉄総裁で当時横浜高速鉄道の代表だった高木社長がおっしゃった、『これからの鉄道施設は地域とともにあるべき、つまり、街とともにある駅にしてください』という言葉です。あまりお金をかけてもらってはこまるけれども、街と響き合うような駅を作ってほしい、という発言を重く受け止めたのを覚えています」

現在は東京大学で社会基盤学(土木)の教鞭を取る内藤氏だが、鉄道という土木分野への参画は、これが初めてだった。

「地下鉄大江戸線の方が完成としては早かったこともありますが、全体を通してデザイン委員会を設置、コーディネートしていたプロジェクトはみなとみらい線が国内初のことだと思います。
土木と建築の世界は、明治時代から100年くらいコミュニケーションがとれなかったんですね。だから高木社長や太田さん(当時・横浜高速鉄道、現・横浜新都市交通代表取締役社長太田浩雄氏)のような人がいなければとても実現していなかったでしょう。
ちょうど土木への世間一般からの風当たりが良くなくて、危機感がものすごくあった時期だから。もっと人々を惹きつけるためにはどうしたらいいかということで、土木業界ではなく外の建築家を起用したのだと思っています」


日本の土木は世界に誇れるノウハウをもっているのに、世の中からは理解されないという矛盾を抱えていた背景があった。


「みなとみらい線も、世界に冠たる日本の土木技術の結晶ですよ。高度な仕上がりのコンクリート技術やトンネル技術などの素晴らしいさが、十分に評価されていませんでしたね。
建築家というのは、日常的に人間が何を望むかということに向き合っているわけです。だから世の中の人が求めていることに対するセンサーは高い。建築家が関わることで、特殊な空間や駅に対する理解も高まるはずです。
馬車道駅は横浜発展の歴史にも縁の深いところで、新しいものを取り入れたいという気質が強かった場所。いわば明治時代の未来志向があった。その感覚を駅にも映し出したいと考えました。つまり、古いものの中に表れる未来、という矛盾している感じをもたせよう、と」


馬車道駅

駅舎の中央には地下を感じさせないシンボリックで巨大な円蓋、吹き抜けの壁にはかつて地上にあった横浜銀行旧本店で使われていた金庫扉などを展示、壁の仕上げには新たに焼いたレンガを職人が手作業で積むといった、歴史の象徴の数々。
一方、プラットフォーム天井にはアルミの押出成形で照明や空調の吹き出し口をボックスに収める手法を採用したり、アクリル一体成形によるキャンチレバーの透明なベンチといった近未来的な要素が同居している。どちらも現在の技術を精一杯使ってこそ成立するものだ。


馬車道駅

「たとえば、レンガも外殻から水が漏れてこないように隙間をあけるなど、今の技術でなければむずかしい積み方。鉄道特有の列車振動にも問題ないように、技術的にはいくつものことをクリアしなければなりませんでした。
アクリルの椅子も、公共施設で使う何か新しい椅子はないかと検討し、使用にあたり本当に問題ないかどうか、繰り返し振動のテストを重ねて実現したものです。

長いプロジェクトでしたが、しんどいと思ったことはありません。むしろ気になったのは、土木面のコントロールができないこと。たとえばディテールや素材の選定では、聞き入れてもらったところもあるけれど、実際にはできなかったことも多い。だから完璧にデザインできたかというと、そうではないですね。

内藤廣氏

本当のものづくりの勝負は、野球でいうとピッチャーが球を投げたときに、ホームベース上で伸びるかどうかという微妙な違いにあります。スピードが上がっても最後に球が伸びるかどうか、という計測できないような差は、最後まで物をさわって作っているかっていうところで決まってくるんですよ。
だから馬車道駅については、一貫して関わる機会が少なかったことで、正直に言うとやや微妙だと感じています」


しかし土木と建築を隔てる溝については、現在、大学で若い人を育て、従来の土木も変わっていっている状況を目の当たりにする中、次の世代くらいからは変わってくるのではないかという期待を抱いている。


「土木も多少、頭がやわらかくなっているし、建築の5年か10年で建て替えればいいやという価値観も変わってくるでしょう。本来の役割として、建築はもっと長い目で人の生活をささえるように、自分の問題として考えられるべきなんです。
馬車道駅も今後何十年と利用され、地域とともに発展していくことが本来の姿なのだと思ってます」



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「interview 2 / waazwiz 小澤輝高氏」




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