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好きなこと、興味のあることだけに一生を費やした男「開館20周年記念 植草甚一スクラップ・ブック」

好きなこと、興味のあることだけに一生を費やした男「開館20周年記念 植草甚一スクラップ・ブック」

スクラップ・ブックや原稿、日記など総数1200点から見る植草甚一という人物

2015/06/24

JDN編集部

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植草甚一というファンキーなおじさんをご存知だろうか?
職業は文筆家。外国の映画・文学・音楽に精通し、各分野の新人・新作・新傾向を独自の視点で取り上げた。専門家や好事家だけでなく一般読者の興味も喚起するような、独特な語り口をもっていた。

世田谷文学館で現在、その植草甚一の回顧展「開館20周年記念 植草甚一スクラップ・ブック」が開催されている。1979年、植草甚一の没後、4万冊を超える蔵書は古書店が買い取り、その他の遺品は展示即売会でファンの手に渡ったが、2007年に世田谷文学館で植草甚一の展示が開催されたことをきっかけとして遺族を中心に関連する品々が寄贈された。スクラップ・ブックやノート約240点、寄稿や原稿約50点、日記約30点を含む同館のコレクションは、図書・雑誌、写真を含めると総数1200点以上になるという。

本展は植草甚一という人物を「映画・文学・音楽・コラージュ・雑学・ライフスタイル」というカテゴリーに分け、主要コレクションを披露する過去最大規模の展覧会だ。ここではその断片を紹介したい。

会場では色々な年代の植草氏の写真が多く見受けられた
会場では色々な年代の植草氏の写真が多く見受けられた
原稿用紙に大きく流れるように書かれた字が印象的
原稿用紙に大きく流れるように書かれた字が印象的

<映画>映画だけしか頭に無かった

植草甚一を構成するものの一つに映画がある。映画業界に入ったのは25歳。知人の紹介で神田の「銀映座」で働いており、同館が東宝の直営館になるのにともなって東宝社員となった。40歳で東宝を退社してからは「キネマ旬報」や「映画の友」、「スクリーン」など、この頃続々と創刊された映画雑誌で映画評論を本格化させていく。植草の映画評論は、テクニックを重視し、ディテールに着目することに特徴があった。その重要な手掛かりとなったのが映画鑑賞中に書いた速記帳「試写メモ」だ。映像の移り変わりが隅から隅まで丹念に記されてある。ただのメモ書きというには惜しく、ちょっとした絵や文字の様子がグラフィック作品のようだ。

  • 20点ほどの試写メモが並ぶ
    20点ほどの試写メモが並ぶ
  • 1954年~1972年頃の試写メモ
    1954年~1972年頃の試写メモ
  • 映画関連のスクラップ・ブック
    映画関連のスクラップ・ブック

<音楽>ジャズは皮膚にうったえてくるもの

知人が貸してくれたレコードをきっかけに、48歳にしてモダン・ジャズのとりこになった植草甚一。ジャズについての最初の原稿である「モダン・ジャズを聴いた六百時間」が、ジャズ雑誌「スイングジャーナル」の編集長の目にとまり、1958年から同誌で連載を開始する。モダン・ジャズだけでなく、フリー・ジャズやニュー・ロックなど音楽の新たなムーブメントを15年間にわたり紹介し続けた。「スイングジャーナル」での連載はそれまで映画の世界で認知されていた植草の名を、とりわけ若者の間に広めるきっかけとなった。

音楽関連のスクラップ・ブックやノートには、それぞれコラージュやドローイングが施されており、当時の熱量が感じられる表紙だ。ジャズのレコードをデータとしてまとめたノートなどもあり、レーベルやタイトル、バンドメンバーや録音日時などが詳細に記されている。

  • 音楽関連の展示コーナー
    音楽関連の展示コーナー
  • 音楽関連のスクラップ・ブックやノート
    音楽関連のスクラップ・ブックやノート
  • コンサートのチケットやチラシなどもスクラップされている
    コンサートのチケットやチラシなどもスクラップされている

<コラージュ>即興の芸術

会場で強く惹き付けられたのは植草のコラージュ作品。前衛芸術に感化され、19歳の頃に古本屋で見つけた機械カタログの写真を使って制作したのが最初だという。その後30年以上の時を経て、糖尿病のため入院していた病室でコラージュづくりを再開し、はがきで友人・知人に宛てて送り始める。次第に探偵小説の専門誌である「マンハント」や音楽誌「スイングジャーナル」の連載にコラージュ作品が掲載されるようになり、誌面に独特の世界を形づくっていった。仕事というくくりでは収まらない自由さや確固たる世界観があり、純粋に作品づくりを楽しんでいたような印象を受けた。

栗や松ぼっくりを目にあしらうなど独特の世界観
栗や松ぼっくりを目にあしらうなど独特の世界観
「スイングジャーナル」で連載していたコラージュ
「スイングジャーナル」で連載していたコラージュ

『好きなこと、興味のあることだけに一生を費やした男「開館20周年記念 植草甚一スクラップ・ブック」』次ページに続く