イトーキ×柴田文江による新しいワークチェア「SHIGA」、メイドイン滋賀による開発の裏側

「ITOKI DESIGN HOUSE SHIGA」リニューアル発表会レポート

イトーキ×柴田文江による新しいワークチェア「SHIGA」、メイドイン滋賀による開発の裏側

2026年1月23日に、株式会社イトーキが滋賀県近江八幡市のチェア工場にてプレス向けイベントを開催。「ITOKI DESIGN HOUSE SHIGA」としてリニューアルされた同社の新オフィスのお披露目とともに、2025年11月に発表されたワークチェア「SHIGA」のプレゼンテーションが行われた。

発表会の前半では、SHIGAのデザインを手がけたプロダクトデザイナーの柴田文江さんをはじめ、商品企画・設計を担った同社の開発メンバーによるクロストークを実施。本記事では、SHIGAの企画背景について語られたプレゼンテーションの内容と、柴田さんとのコラボレーションの過程を振り返ったクロストークの様子をレポートする。

イトーキの技術と叡智を結集したワークチェア「SHIGA」

イトーキでは2025年秋より全国の主要拠点を「ITOKI DESIGN HOUSE」としてリブランディングしていく取り組みを実施しており、今回リニューアルオープンが発表された「ITOKI DESIGN HOUSE SHIGA」は、青山・仙台に続く3拠点目にあたる。

ITOKI DESIGN HOUSEが掲げる「次世代のワークスタイルを構想し、実践、体験するオフィス」のコンセプトを継承しながら、同社の開発・設計機能が集積する滋賀県近江八幡市内のチェア工場が全面改修され、「共創」をコンセプトとする、開かれたモノづくり拠点へとアップデートされた。

ITOKI DESIGN HOUSE SHIGA 1F 技術展示・外部共創スペース
Photo:神宮巨樹(OOKI JINGU)

リニューアル発表会の前半では、同社の代表取締役社長の湊宏司さん、滋賀工場工場長の野口猛さんをはじめ、滋賀県知事の三日月大造さん(ビデオメッセージにて登場)、近江八幡市長の小西理さんが登壇。近江八幡に根付く新たな拠点が生まれるまでの背景と今後の展開への期待が、それぞれより語られた。

(左から)イトーキ代表取締役社長の湊宏司さん、近江八幡市長の小西理さん、デザイナーの柴田文江さん、滋賀工場工場長の野口猛さん

「SHIGA」のプレゼンテーションパートでは、商品企画を担当したイトーキの岡本洋子さんが登壇し、開発の背景となった昨今のオフィスデザインの潮流の変化について解説した。

岡本洋子さん(以下、岡本):オフィスは現在、「当たり前に来る場所」から「来たくなる場所」へ変化することが求められており、カフェやラウンジ、店舗といった空間デザインの要素が、オフィスのエントランスや打ち合わせのスペースのみならず、社員の執務空間にも広がっています。かつてはメンテナンス性が重視された内装においても、居心地のよさを重視した有機的な素材が活用されることも増えており、より執務空間に馴染むデザインのチェアが選ばれる傾向があります。

岡本洋子さん(写真提供:イトーキ)

「ミニマムなデザインとエルゴノミクスがかなえる、現代のワークチェア」として発表された「SHIGA」は、2019年に発表された「vertebra03」に引き続き、プロダクトデザイナーの柴田文江さんがデザインを手がけている。岡本さんに続いて登壇した柴田さんは、vertebra03から続くイトーキとのコラボレーションを振り返りながら、新たに手がけたSHIGAのデザインコンセプトについて語った。

柴田文江さん(以下、柴田):滋賀工場にはvertebra03の開発の際にも何度か訪れたんですが、これはお世辞ではなく、イトーキのものづくりは本当にすばらしいなと感じました。技術者の方々は常に前向きで、クリエイティブに問題解決をしていて、一緒に仕事をしていてストレスがほとんどない。「SHIGA」はもともとプロジェクトのコードネームとして付けた名前でしたが、それはメイドインジャパン、メイドイン滋賀だからこそのものづくりを実践されている、イトーキの技術とものづくりの叡智を結集したワークチェアをつくりたいという思いがあったからでした。

柴田文江さん(写真提供:イトーキ)

柴田:SHIGAの開発にあたっては、十分な機能とエルゴノミクス(人間工学)を備えながら、さまざまな空間に馴染むインテリア性の高い椅子をつくるために、できるだけシンプルなデザインを考えています。イトーキは単に椅子というプロダクトを売っているだけではなく、空間をデザインしている会社でもあるので、さまざまなデザインの空間やロケーションに合う、シンプルでアクセプタブルな椅子をつくることがねらいとしてありました。

当初のスケッチからご提案していたのは、背もたれと座を切り離すことで、高さのあるワークチェアが空間に並んだ時の圧迫感をなくすことでした。さらに、背もたれを分割することで横のラインを強調し、チェアが何台も並んだ時でもゆったりとした余裕が生まれる空間をイメージしています。理想形となるイメージを描くのがデザイナーの仕事ですが、椅子は技術そのものがデザインに表出してしまうものです。デザイナーがこんな風にしたいと言っても、技術力がないと実現できないんですね。

製造途中の様子(写真提供:イトーキ)

イトーキのものづくりは、単に問題をクリアするだけではなくて、人間の感性にもアプローチしていくので、工場製品でありながら私たちのフィーリングに馴染み、使いやすくて気持ちのいい椅子に仕上げるためのこだわりが詰め込まれています。一見するとシンプルなのでわかりにくいかもしれませんが、シンプルさの中に知恵と工夫が感じられることは、ある種日本的でもあると思います。

デザインと技術のせめぎ合いによって、新しいものが生まれる

柴田さんのプレゼンテーションに続き、商品企画の岡本さんと開発設計の横山剛士さんが登壇し、3者によるクロストークを実施。背もたれが2つに分かれた「double」と3つに分かれた「triple」の2タイプのラインナップを実現するための試行錯誤や、イトーキにとって初の試みとなったグロス塗装が実現したプロセスを振り返った。

横山剛士さん(以下、横山):柴田さんの事務所にモックアップを持っていくまでに、本当にたくさんのトライがあったんです。最初はvertebra03の背もたれを切ってつないでみるとどうなるのか、自分自身で検証してみたんですが、さすがにこのままではお見せできないなというクオリティで、心が折れそうになったこともありました(苦笑)。分割した背もたれを、品質の安定した工業製品としてつくるのは難しいのではないかと、裁縫ラインをつけたモックアップを柴田さんの事務所に持っていったこともありましたが、すぐに「違う」と柴田さんに言われてしまい…。

横山剛士さん

横山剛士さん(写真提供:イトーキ)

柴田:縫製で分割してるよう見せている椅子はすでに世の中にあるんですが、実際に分割されていないと、「double」「triple」のラインナップをつくる意味が変わってきてしまうので、どうしてもやりたかったんです。他のグローバル企業でも実現できていないので、ぜひやりましょうとお伝えしました。実際に工場でアッセンブリーされている工程を見ると、こんなに大変なことをされているのか……と。あまり工場のことを知ってしまうとデザインはできないですね(笑)。

岡本:分割したいと柴田さんがおっしゃられた時、すぐに「できます」とお答えできなかったとはいえ、イトーキのポリシーとしては「できません」とは言いたくなかったんですね。背もたれは最も身体が当たる部分なので、硬いものが入ってしまうと違和感がありますし、開発メンバーとしても一番難しかったところだと思います。また、チェアを横から見た時の肘から足の軸のラインを一直線にしているところも、なかなか思いつかない部分の美しさだなと感じました。

柴田:本来、座るポイントの真下に軸があるのがワークチェアのセオリーらしいんですが、私は良くも悪くも椅子のことをよくわかってないので、造形的に美しいものを提案したいと思ったんです。イトーキの技術の方々が大変な思いをしながらバランスを検討してくださったことで実現しましたが、こういったデザインと技術のせめぎ合いがあるからこそ、新しいものが生まれるのではないかと感じました。

横から見た際、肘から足の軸のラインが一直線になっている(写真提供:イトーキ)

柴田:フレーム仕上げのグロス塗装に関しても、家具業界やミラノサローネで発表されているような椅子では採用されているものの、日本のワークチェアではあまり見たことがなかったので、ぜひやりたいなと思い、はじめのスケッチから描いていました。

横山:柴田さんが滋賀工場でのプレゼンテーションで「グロス塗装がやりたい」とお話しされた時に、すぐにチェアの製造部長が「できますよ」とお答えした場面がとても印象的でした。もしかしたら今後光沢のある塗装の需要があるかもしれないと、数年前から技術を蓄積していたようなんですね。

SHIGA開発中の様子(写真提供:イトーキ)

柴田:こんなシンクロがあるのかと、ちょっと感動してしまいましたね(笑)。グロス塗装はただの贅沢な加工というわけではなく、多様な働き方や環境に対して新しい働き方を提案する上で、リーズナブルなものから高級なものまで、異なるグレードの製品をラインナップしておくことが重要なのではないかと思っての提案でした。

横山:仕上げの色出しの検討においても、合計30回ほど実施しており、塗膜の強さや品質を担保したものでないと柴田さんに提案はできないと、関係会社とも協力しながら時間をかけて検討していきました。

岡本:キャメルに関しては、最後の最後まで思った通りの色が出せなくて、社内のCMF担当からもう一度メーカーさんに直談判をして色を変更してもらったんです。

柴田:みなさん、そうやって「このクオリティでは柴田さんが……」とおっしゃっていますが、私のような存在をうまく利用されていたと思いますよ(笑)。お互いいい感じにプレッシャーをかけ合い、ハードルを高め合うことができたので、これは外注のデザイナーの役目でもあるとなと感じました。

日本のものづくり企業の多くが「これまでずっとこうしてたから」と過去に縛られがちですが、イトーキのみなさんは常にこちらの提案に対してさまざまなことを検討してくださり、グローバルなレベルでものづくりをされているなと感じました。工業製品において細かな部分にまでこだわることはとても大変なことではありますが、使う人の気持ちとしては、やっぱりそういった部分を気にするのは当たり前の感覚なんですね。これだけシンプルなものをつくることはとても大変で、実現のためにさまざまな努力をしてくださったと思います。

3F 没頭空間・チェアオフィス
Photo:神宮巨樹(OOKI JINGU)

クロストークの終了後、「ITOKI DESIGN HOUSE SHIGA」として生まれ変わったチェア工場にてSHIGAのアッセンブリーの工程を見学。その後案内された新たな執務エリアでは、琵琶湖の葦(ヨシ)や花崗岩といった地域特有の素材が空間デザインに取り入れられており、近江八幡を拠点にイトーキのものづくりをアップデートしていく同社の姿勢が感じられた。

「明日の『働く』を、デザインする」をミッションに掲げるイトーキが提案する新しいワークチェア。これからどのような空間へ浸透していくのか、今後の展開に期待が膨らむ。

■SHIGA
https://www.itoki.jp/special/shiga/index.html

取材・文:堀合俊博 編集:石田織座(JDN)