それぞれの専門家がいてこそ完成したプロジェクト

墨田区が所有する葛飾北斎の膨大な作品から高橋氏が選び取った、“日本人の暮らし”の様子、たとえば職人の仕事風景、女性の身だしなみ、移動方法などのテーマでデザインされたパネルは、金魚モチーフが描かれた金銀箔貼りの壁画とともに、現場での製作作業でも様々な困難を極めた。
特に成田空港は世界一といわれるほど、素材への制約が厳しい。その素材選びから製作方法までも、高橋氏が監修を行ったのである。


高橋正実氏

「デザインだけでは成立せず、工事を含めて生涯のなかで一番大変な仕事になるでしょう、と言われてはいましたが、本当にその通りでした。30年前に成田空港ができて以来、手を付けていなかった古い場所で、今回も壊さずに建物をそのまま使うことになっていたんですね。だから壁面も平らではなく、たとえば箔を貼る際にはちょっとでも垂直や水平がゆがむと反射によって見え方が変わってしまうので職人さんたちが非常に苦労してくれました。

パネルの素材や大きさについては、既存の空間なのでそこからみちびき出しています。ただ、特殊な場所なので火災や地震などの天災にも備えた耐久性のある素材を用いなければならず、当初はパネルに和紙を使いたくて防燃性の和紙を開発してもらったりしていたのですが難しく、最終的には周囲の装飾で使うことになったりと、条件に則して臨機応変に対応する現場での作業には苦労しましたね。
施工会社のまとめ役としても私自身が関わり、準備段階と現場に入ってから発生する、あらゆる問題を解決してもらうために、大勢の職人さんに関わってもらいました。職人さんたちも全国から腕の良い方ばかり200人近くも集まってくださった。

現場

本当に、職人さんたちの心意気で完成した場所だと言っていいと思います。総予算の管理も私が預かっていましたので、少ない中からこれだけ、と最初にお伝えした中ででもやってくださるという方々に来ていただけたことに感謝しています」

予想もしなかった問題にぶつかるたびに、職人の親方衆や現場のスタッフに助けられた。巨大な壁面は金沢の「箔一」による手作業で、箔押しした上からシルク印刷でノリを引き、金魚のモチーフを箔の粉で定着させるなど、まさに職人技によって完成されたもの。
北斎のコラージュも微妙な色合いのために出力方法が定まらず直前まで悩まされたが、何とかクリア。仕上げ間近には、漆塗りに金箔で文字をのせたコンセプトパネルまで、職人さんから製作方法を提案してもらう関係にまでなった。


高橋正実氏

「成田空港で世界最大の箔貼り壁画をつくるという仕事に熱意をもってくださり、箔を貼る職人さんだけでも相当な人数になりました。普段は神社仏閣や宮内庁、天皇家のものを扱っている職人さんが多く、仕事を外に見せられなかったので、この仕事では腕も名もアピールすることができると考えてくださったのが嬉しかったですね。
コンセプトパネルは職人さんたちから『このほうがいいよ』って勧めてくれたんですね、ここまでがんばったんだからやりましょうよって。私はもう簡単なもので構わないと思っていたんですが(笑)、シルクで糊をひいてから箔を貼るという方法でできるんじゃないか、と手法も工夫してくださって。
プロデューサーも代理店も入っていないプロジェクトでしたので、すべての報告が私に入ってくるという状態でした。現場監督業がきつく、精神的にも綱渡りで、でも最終的には完璧にできたと実感しています。
これができなかったら自分は生きていけないかもしれないと不安になるくらい、体を張って、信頼関係だけが支えでした。


葛飾北斎

北斎のコラージュは歴史的に間違った組み合わせになっていないかどうか、専門家の先生方にチェックしていただきました。テーマも私自身が設定したもので、子供が出てくるシーンもあれば、料理、植物、洗濯風景、四季を表すものもあれば、吉良邸討ち入りの場面や七福神の世界など、多種多様です。パネルの横には原画をそれぞれ小さくですが紹介してあります。北斎の1作品ごと紹介しつつ、こうした組み合わせによって日本人の庶民の生活を表現できれば、という思いで制作しました。作品を細部まで見たり拡大したり取り込んだりしながら、北斎を再度知ったという気持ちです」


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「interview 3 / 墨田区文化振興課北斎館建設準備担当 和田幸恵氏」




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