2007年12月、成田国際空港第一旅客ターミナル中央ビル3階の南北ウィングをつなぐ通路の壁面が一新された。完成したのは「ナリタ北斎プラザ」。動く歩道沿いに位置する幅30メートル、高さ3メートルという巨大な壁面に、金銀箔を全面に施された下地に空を悠然と泳ぐかのような金魚のモチーフが大胆に描かれ、その反対側に配置された23枚のパネルには日本を代表する芸術家葛飾北斎の作品がコラージュされている。日本を訪れた海外からの旅行者だけでなく、日本人の目にも斬新に映る空間演出は好評を得、先を急ぐ多くの人が足を止める姿が絶えない場所となっている。

成田空港内でも最大級というこの空間を手がけたのは、MASAMI DESIGN代表のデザイナー高橋正実氏。これまで決して許されることのなかった、北斎画のコラージュが完成するに至った経緯には、企画立案から携わったデザイナーの熱意こそが主軸にあったようだ。その背景を語ってもらった。
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日本人の暮らしと文化を伝えるため、葛飾北斎作品をコラージュに
MASAMI DESIGN 高橋正実氏 http://www.masamidesign.co.jp


成田国際空港第一旅客ターミナルをリニューアルするにあたり、空港内の工事を引き受けている日建設計が、壁画のプロジェクトを高橋正実氏に依頼したのは3年ほど前。日建設計の担当者が以前に見て、強く印象に残っていた“金魚の絵”を壁画にしてほしいという依頼内容で、その金魚こそ、高橋氏が学生時代に描いた絵だったのである。


高橋正実氏
高橋正実氏

「『金魚で日本一大きな空間をデザインしませんか』というお話でした。成田空港では、空間全体のデザインを誰かが引受けることは今までなかったそうですが、第一旅客ターミナルの一番広い場所が今まで何も使われていなかったということで、日本を世界にPRする場所にしたい、と希望されました。でも金魚の絵は個人的な作品でしたので、あまり意味がないのではないかと思ったんですね。もっとみんなに共感できる作品が必要ではないか、と。そこで北斎の作品を用いることをご提案しました。
日建設計の方々には、世界中の人が見るこんな広い空間にあなたの作品じゃなければもったいないと驚かれたのですが(笑)、私自身、デザインとはそういった仕事ではないと捉えていますし、日本を世界にPRするための場所ならばなおさら、葛飾北斎という日本人の生活風習文化を定点観測のように残してくれた巨匠の作品をコラージュして、日本人の生活そのものを紹介する空間をつくりたいとお話ししました」


乗り継ぎ客が多く、比較的長時間滞在する場でもあることを考慮し、ギャラリーのように楽しめる空間を目指した。金魚と北斎、両方を用いた壁画とコラージュで構成する提案だ。


成田空港

「金魚も成田空港に合わせた物語性をもたせ、大空を泳いでいく様を飛行機と重ね合わせると同時に、北斎が描いた過去から未来をつなぐモチーフにもなっています。北斎が生きた時代を今に伝えてくれる存在として、空間の中を泳いでいるイメージです」

とはいえ、北斎作品を切ったり貼ったりするなど前代未聞、コラージュは簡単に認められることではない。そこで高橋氏が作品使用許可を求めたのは、墨田区だった。墨田区は現在、平成24年を目指して葛飾北斎の専門美術館「北斎館(仮称)」の開館準備を進めており、北斎作品を数多く所有しているのである。

北斎生誕の地であり、生涯のほとんどを過ごした墨田区。そして高橋氏も同じく墨田区出身で現在も区内に事務所を構え、デザイナーとして区の基本構想計画にも参画するなど貢献してきた実績もある。成田空港へのプレゼンテーションが通った後、墨田区文化振興課の担当者を訪ね、高橋氏自ら熱心に承諾を願い出た。


「墨田区所蔵の作品は他の美術館で北斎展などが開催される場合以外で貸し出されることはなかったのですが、今回はとても多くの作品をお借りできました。ありがたいことに、私であれば、という信頼関係ひとつで使わせていただけることになったんですね」


しかし作品を外に持ち出すことはできない。3000点にもなるポジフィルムを見ながら、その場で使用したい作品を選び抜く作業を行った。


高橋正実氏

「閲覧するのに、集中しても3〜4時間はかかりますから、1回ですべて候補を頭の中で組み立てて決めていくつもりでいました。目立つ部分から取り出したわけではなく、本当に作品の細部からも選んでいます。完成したパネルはすっきりしていますけど、その時の頭の中はうわーっといろんな部分が交錯している状態(笑)。最終的に110点ほどお借りして組み立てていきましたが、ほぼ当初の構成通りです。
ほとんどの作品が版画で、色が褪せていたり鮮やかだったりするので、切り取って一枚のパネルに収められるかというと実際には、そううまくはいかない状況でした。原画ではとても小さな部分もあったので、ポジから製版する際に部分的なレタッチと詳細な色指定をしています。具体的な色見本というよりも、同時代の同じような作品に再現されている色に基づき、私がイメージした色に近づけました。たとえば他の北斎の作品で鮮やかに出ている色を同じように用いるなど、全体のバランスも重視しています。
コラージュの背景にしたグラデーションは、北斎が描いた江戸の空から引用した色。青は昼や夜、赤は朝焼けと夕焼けで、同時に、大地と空と時間のグラデーションでもあると構想しました。そこを自由に泳ぐ存在として、壁画と同じ金魚をコラージュにも交えることで、空間に一貫性をもたせています」



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「interview 2 / それぞれの専門家がいてこそ完成したプロジェクト」




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