病院だから、という先入観をもたない
アートディレクター 佐藤可士和氏


橋本理事長が理想を抱きながらも納得する具体案を見出せずにいた病院のソフト面について、この人なら、と全面的に信頼を寄せられたのが、佐藤可士和氏。すでに建物の基礎はほぼ完成し、内部のレイアウトも決定した段階から関わることになった。


「理事長の考えははっきりしていましたが、ロゴやその他の伝達手段を通じて、どう社会とコミュニケーションをとっていくかがまだ明確ではない状況でした。病院として日常的にアートディレクターとの繋がりはないわけですが、漠然と、誰か専門的な人間の力を借りないと前には進まないと考えていらっしゃったんですね」


佐藤氏が病院を手がけるのはこれが初めて。しかし向き合う姿勢は当然のこと、考え方も他の仕事と全く変わりない。


佐藤可士和氏
佐藤可士和氏

「あえて同じに捉えている、と言えます。病院であっても携帯であっても、また、そのメディアがグラフィック、プロダクト、空間と色々あっても、社会に対するメッセージをデザインでうまく伝えていくということです。特別視はあえてしません。
逆に言うと、ジャンルを分けてしまう既成概念が今まではよくない結果を招いていたと思います。病院だから、という頭で考えてしまうと、本当は良いところもあるはずなんですけれども、検証されないまま置き去りになってしまう部分が出てくるのではないでしょうか。

患者のことをあえてユーザーと呼んでみると、ユーザー側から見る病院は『なぜこうなんだろう』と疑問に感じることがたくさんありますよね。まず快適とは言えないのではないでしょうか? 命に関わることだから二の次だと言えばそうかもしれませんが、たとえば、いまどきかなりリーズナブルな価格のホテルでも基本的には個室。食事や入浴の問題にしても、普通にもうちょっと良くならないのかなと思いませんか?
クリエイターの目線じゃなくてもごく一般的なことを自然に、普通に、良いと思うことを素直に実現しただけです。病院業界でそれが話題となったことこそ、これまでいかにそういった面に目が向いていなかったかという証かもしれませんね」


そしてやはり、リハビリテーション病院だからこそ、思いきってできた面も多い。手術が必要でもなく、緊急患者が運び込まれるところでもない。急性期を過ぎ、ある程度安定した状態の患者が入居する場としての施設であることが良い方向に働き、理事長が思い描いていた面をダイレクトに実現できた。


「リハビリテーションの本質について、理事長からだいぶレクチャーしてもらいました。リハビリテーションというのは、生きる気力を取り戻すこと、社会に戻って人間らしく生活するための体と心を取り戻すためのものだ、ということを常におっしゃっていました。だから体だけじゃなくて心も健康に、前向きになる場所が必要なんだ、と」


そこで、理事長が思い描いていた“ホテル”というキーワードと重なって浮かび上がった仮説が“リゾート”だった。


佐藤可士和氏

「住宅みたいに、とかホテルみたいに、といった似たイメージはいろいろ出ていたのですが、厳密にはどれも若干違っていたところから抽出したのが、リゾートで、考え方としてもぴったりあてはまりました。
リゾートとは人間が日々一生懸命働いた体や心の疲れを癒し、鋭気を養いに行く場所。それはまさしくリハビリのイメージと重なるし、ホスピタリティも良く、サービスも整っている点でも理想的だと言えました。

極端なたとえですが、『リゾート風な病院を作るのではなく、バリ島にあるようなリゾートホテルを買い取ってそこをリハビリ施設にするとします。それで困ることはなんですか?』と聞いたら、『ほとんどないですね』と理事長はおっしゃる。『機具などは多少持ち込んだとして、ああいった場所で問題はない、逆に良いんです』と。
それを聞いて、ああそうなんだ、大丈夫だ、と確信をもつに至りました。理事長は医学博士だから一番良くわかっていらっしゃる、そのご本人だから間違いないわけです。そこでコンセプトは「リハビリテーション・リゾート」ですね、と提案したところ、ずっと悩んでいた点が解決されたように賛成していただけました」


「最初に、建築から携わっている方々とキックオフミーティングを行ったときに『誤解を恐れずに言うと、一度病院を作るということを忘れましょう』と話をしました。本気でリゾートを作る姿勢で取り組んでいきましょう、と。
実際にこれからインテリアを仕上げていく建築関係の方々にもその意識をもっていただくことで、素材ひとつを選ぶにしても共通の認識が生まれますから。
だから今回もし何もコンセプトを設定していなかったら、いわゆる一般的なリハビリ施設になっていたでしょう。センスの問題ではなく、病院とはこういうものだという、平均的な形にまとまったと思います。
それはいろいろな意味で、長年検証されたコスト面や最大公約数的な判断から生まれる状況なんです。病院に限らず、そういう施設はたくさんあるものです」



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