世界一売れたスタッキングチェア「セブンチェア」その歴史と秘密に迫る

世界一売れたスタッキングチェア「セブンチェア」その歴史と秘密に迫る

世界で一番売れているスタッキングチェアとして知られるセブンチェア。そのユニークなフォルムゆえに、椅子のアイコン的な存在となっている。誕生は1955年。60年以上が経過し、販売累計台数は700万を越えている。デザインはデンマークの建築家・デザイナーであるアルネ・ヤコブセン、メーカーは同じくデンマークのフリッツ・ハンセン社。日本においても、住宅だけでなく、オフィス、図書館や美術館といった公共施設、飲食施設でもよく使われているので、目にしたことがある人は多いだろう。

名前については、背もたれを前から見ると7の字に見える、7枚の合板を2枚の仕上げ板で挟んでいる、等の説がある。確かそうなところでは、型番「3107」に由来するというものだ

セブンチェアの様々なバリエーション。名前については、背もたれを前から見ると7の字に見える、7枚の合板を2枚の仕上げ板で挟んでいる等の説がある。確かそうなところでは、型番「3107」に由来するというものだ。中央はセブンチェア誕生のきっかけともなったアントチェア

この稀代のベストセラー、デザインのマスターピースは、どのようにして生まれたのか。改めて振り返ってみよう。

誕生とその背景

この特徴的なフォルムは、成形合板の加工技術の進歩とのせめぎ合いによるものだ。第二次世界大戦中、金属の代用素材を実用化する必要等から、合板の成形技術は大きく成長した。ただし、座面と背面を一体にしたシェル型に成形することは簡単ではなく、その実現は1952年の「アントチェア(アリンコチェア)」まで待たれることとなった。

アントチェアの加工

アントチェアの加工

蟻を思わせるアイキャッチーなアントチェアの形状。これは、一体のシェルとして成立させるために、ひび割れや強度の問題等から切り取らざるを得ない部分があり、それらを除いた後で苦心の末に得られたものだとも言われている。革新的な製造方法と印象的な外観により、商業的にも大きな成功を収めたアントチェア。そのデザイナーとメーカーがアルネ・ヤコブセンとフリッツ・ハンセン社だ。

セブンチェアが、9枚の単板からなることが分かる展示、フリッツ・ハンセン社にて

セブンチェアの突き板仕上げのバリエーション、下段が成形前の状態で、右側を見ると9枚の単板からなることが分かる、フリッツ・ハンセン社にて

アントチェアの成功を受けて、アルネ・ヤコブセンは成形合板によるアームチェアの開発に取りかかった。座面と背面だけでも難しかったのだが、そこに肘掛けとなる側面も一体で成形することは、当時の技術では ── そしておそらく現在でも ── 難しいものだった。試行の後、スチールのアームと木製のアームレストを採用し、新たなデザインでアームチェアを作ることとした。成形合板の技術も進歩し、座面を広くして座り心地の改善も目指した。このようにして生まれた新たな椅子が、1955年にアーム付きとアーム無し、そして表面の仕上げや脚のバリエーションと共に「セブンシリーズ」(セブンチェア)として発表された。

セブンチェアの型と成形された様子、フリッツ・ハンセン社にて

セブンチェアの型と成形された様子、フリッツ・ハンセン社にて

同時代の椅子でシェル型と言えば、1953年のチャールズ&レイ・イームズの「シェルチェア」があり、こちらの素材はFRP(Fiber Reinforced Plastics)という人工樹脂。こちらには、そのバリエーションにアームと一体型のアームシェルチェアもあるが、これは樹脂ならではの造形と言える。

突き板仕上げのセブンチェア、左奥はセブンチェアの後に発表された通称「グランプリチェア」

突き板仕上げのセブンチェア、左奥はセブンチェアの後に発表された通称「グランプリチェア」

現在

2015年、60周年を記念してデンマークのアーティスト、タル・アール氏によってセブンチェアのために九つの色が選定された。タル・アール氏といえば、フリッツ・ハンセンの著名な椅子の一つである「エッグチェア」が50周年をむかえた時に、パッチワークで覆った50脚のエッグチェアを作り、ミラノデザインウィークで展示したことも記憶に新しい。今回、セブンチェアのために選定された色には、それぞれユニークな背景のストーリーがあり、中には「アイブルー」という日本語の藍をモチーフにしたものもある。これらの他に、白、グレー、黒の基本的な3色と、メープル、ビーチ、ウォールナット等の9種の突き板が選択可能だ。

タル・アール氏、氏のアトリエにて

タル・アール氏、氏のアトリエにて

タル・アール氏による9色の色指定見本、“Colours in perfect shape”との文字と共に

タル・アール氏による9色の色指定見本、“Colours in perfect shape”との文字と共に

また、日本においては、ミナ ペルホネンとのコラボレーションによる「セブンチェア in dop」も展開されている。これは日本生まれの新ファブリック”dop”とのコラボレーションによるもの。セブンチェアをはじめとするアルネ・ヤコブセンの椅子のファンとしても知られる皆川明氏が、フリッツ・ハンセン社を訪れて作り上げた限定商品だ。

皆川明氏とフリッツ・ハンセン社の職人たち

皆川明氏とフリッツ・ハンセン社の職人たち

セブンチェア in dop

セブンチェア in dop

それにしても、なぜセブンチェアは、これだけ愛される存在になり得たのだろうか。

セブンチェアの名前の由来と同様に、一つの原因に帰することはできないのかもしれないが、“Colours in perfect shape”という言葉が一つの回答を示している。成形合板の加工技術と座り心地、外観の最適なバランスの追求がなされ、それが相当に高いレベルで成立したため、今なお越える存在を作り出すことが難しいということだ。人間の形や美的感覚が変わらない限りは、突き詰められた座り心地と外観を越えることは難しいだろうし、成形合板の加工技術にさらなる革新がなければ技術面からの超越も、また難しいのだろう。

成形合板による一体型シェルのアームチェアを夢見た結果として生まれたセブンチェア。その成り立ちからして、まだ見ぬ未来を志向していた訳で、これがいつまでも古くならない理由の一つかもしれない。(JDN編集部)

セブンチェア60周年記念モデル、色はダークブルーとペールピンク

セブンチェア60周年記念モデル、色はダークブルーとペールピンク

デザイナー
アルネ・ヤコブセン ARNE JACOBSEN (1902-1971)
アルネ・ヤコブセンとフリッツ・ハンセンとの最初のコラボレーションは1934年に遡る。1952年にアリンコチェア、1955年にセブンチェアが誕生したことで、アルネ・ヤコブセンとフリッツ・ハンセンという名前は、家具・デザイン界に大きく知られることとなった。1950年代の後半に、コペンハーゲンにあるデザインホテル「SASロイヤルホテル(現ラディソンブルロイヤルホテル)」を設計し、エッグチェア、スワンチェア、スワンソファ、3300シリーズをこのプロジェクトのためにデザインした。
メーカー
フリッツ・ハンセン Fritz Hansen
社名の由来となった創業者、フリッツ・ハンセン氏が1872年にデンマーク・コペンハーゲンで家具の部材会社として創業。アルネ・ヤコブセンやポール・ケアホルムといった現在も巨匠と評されるデザイナー達との協力のもと、多くの名作家具を世に送り出すとともに、現在も世界中の才能あるデザイナーと最新のラインアップを充実させる努力を続けている。ニューヨークのMoMA、金沢の21世紀美術館、東京六本木の国立新美術館など各地の美術館や公共施設でもフリッツ・ハンセンの製品が使われている。

参考資料
『ROOM 606 The SAS House and the Work of Arne Jacobsen』2003,PHAIDON

取材協力
フリッツ・ハンセン社
フリッツ・ハンセン日本支社

Series 7 Chair
http://www.7chair.com

フリッツ・ハンセン 公式サイト – Fritz Hansen
http://www.fritzhansen.com/jp/