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ブラジルのデザイン、その背景と個性

ブラジルのデザイン、その背景と個性

ビビッドな創造性に受け継がれる情熱とリズム

2015/04/01

執筆:土田貴宏

先日、ある雑誌でブラジルについての興味深いコラムを見かけた。ブラジル第1の都市サンパウロと、第2の都市リオデジャネイロを比較したものだ。ビジネスの中心地であり高層ビルがひしめくサンパウロの人々は、流行に敏感でブランド物やハイテク製品を好み、勤勉で仕事好き。一方、美しいビーチやカーニバルで知られるリオデジャネイロの人々は、水着やカジュアルな服装を身につけ、仕事より生活を楽しむことを優先する。この2都市の違いはブラジルの多様性を示す一例だろう。“ブラジルには5つの大陸がある”と言われるほど、この国にはきわめて豊かで多様な地域性がある。その違いは、日本の20倍以上という広大な国土と、ヨーロッパはじめ多くの国々からの移民や土着の民族の文化と結びついている。

世界でも稀なほど多様な文化の共存は、外からの文化を吸収し、オリジナリティあふれるものとしてアウトプットする力と表裏一体のものだろう。そのひとつの例が、巨匠建築家オスカー・ニーマイヤーが手がけた一連のアイコニックな建築群だ。ニーマイヤーは1907年にリオデジャネイロで生まれ、建築家のルシオ・コスタが学長を務めたリオ国立美術学校などで建築を学ぶ。1936年には、モダニズム建築を確立したフランスの建築家、ル・コルビュジエと知り合った。1956年、ニーマイヤーは新首都ブラジリアの都市計画コンペの選考委員になり、かつての師であるコスタをマスタープランの設計者に選ぶ。飛行機のような形をしたコスタの都市計画に基いて、ニーマイヤーは1960年までのごく短期間にブラジリアの主要な建築物の大半を設計している。

巨匠建築家オスカー・ニーマイヤー
巨匠建築家オスカー・ニーマイヤー ※1
二テロイ現代美術館
二テロイ現代美術館 ※2
カテドラル・メトロポリターナ
カテドラル・メトロポリターナ

コスタによる都市計画も、それに基づくニーマイヤーの建築も、ル・コルビュジエが提唱した都市計画や建築のありかたを色濃く反映したものだった。ただしニーマイヤーは、ル・コルビュジエによる“白い四角い箱”のような建築をそのままなぞりはしなかった。その機能性や合理性をふまえながら、モニュメントとしての有機的で大胆なフォルムを融合させたのだ。たとえば1970年にブラジリアに竣工したカテドラル・メトロポリターナは、祈る手の形をモチーフにしたというドームが目を引く。その周囲は円環状の池で、建物の内部を冷却することが意図された。また2つの巨大なボウル状のオブジェを備えた国会議事堂や、彫刻的な柱が大きな庇を支える大統領府も、オブジェや柱を別にするときわめてクリーンで整然とした箱形をしている。これらの建築は、ル・コルビュジエ直系のモダニズムにブラジルの地域性を融合したものと捉えられだろう。

  • 国立美術館
    国立美術館 ※3
  • ニーマイヤー美術館
    ニーマイヤー美術館 ※4
  • サンフランシスコ・ジ・アシス協会
    サンフランシスコ・ジ・アシス協会 ※5

ブラジリア完成の後、1964年の軍事クーデターから約20年間続いたブラジルの軍政は、ブラジル文化にとって大きな足枷となった。この間、ニーマイヤーも他国での活動を余儀なくされる。1985年にその時代が終わるとともに、この国の文化は再び発展を遂げていった。やがて徐々に頭角を現したのが、フンベルトとフェルナンドのカンパナ兄弟である。建築家がかかわった家具を別にすると、20世紀半ばまでのブラジルには大きなデザインのムーブメントが見当たらない。カンパナ兄弟は、そんな状況の中で、身の回りにあるさまざまな物事をデザインのインスピレーションとする独自の作風を確立。ある作品では貧民街ファヴェーラのカオスが、ある作品ではアマゾンに棲む大蛇が、ある作品ではブラジルの伝統的な手工芸が、彼らを触発した。彼らのデザインは、エドラ、アレッシィ、ルイ・ヴィトンなどで製品化されるとともに、希少価値の高いリミテッドエディション作品を販売する世界各国のデザインギャラリーが扱うようになった。

フェルナンド&ウンベルト・カンパナ兄弟
フェルナンド&ウンベルト・カンパナ兄弟 ※6
カンパナ兄弟による「Vermelha」
カンパナ兄弟による「Vermelha」※7
ミラノ・サローネに出展された、マナ・ベルナンデス氏の作品
ミラノ・サローネに出展された、マナ・ベルナンデス氏の作品

カンパナ兄弟が切り拓いた道を広げるように、現在のブラジルでは多くのデザイナーが活躍しはじめている。マナ・ベルナンデス氏は、1981年リオデジャネイロ生まれのデザイナーで詩人でもある。ペットボトルをリサイクルしたアクセサリー「Espacial Pet」は、繊細なつくりや精度の高い技術が目を引く代表作で、ブラジルらしい色彩感覚も生かされている。また2011年発表の「Mobiluz」は、タンバリン状に成形した合板のフレームにLEDと廃棄物のフィルムを組み合わせ、独特の光と影を生み出す照明器具とした。彼女のデザインの多くには地元で調達したリサイクル素材が用いられているが、それを制約としない斬新でみずみずしい発想力とリリカルなセンスが光る。

現在のブラジルは、そのシビアな社会環境によって世界のクリエイターのテーマにもなっている。フランスのアーティストのJR氏は、犯罪や暴力に苦しむ女性たちのポートレートを拡大してファヴェーラの壁面に貼る「Women Are Heroes」というプロジェクトを通して、それらの問題への関心の喚起を試みた。またオランダを拠点とする日本人とイギリス人のデザインデュオ、スタジオ スワインは、サンパウロでゴミを拾って生計を立てるカタドールと呼ばれる人々をテーマに作品「Can City」を制作。これは、レストランの廃油を燃やした熱でアルミ缶を溶かし、砂の鋳型で成形してスツールをつくる移動式のシステムである。スツールを売ることでカタドールの生活の向上を意図している。

この国から生まれるデザインの多くには、人間らしい熱がこもっていて、それはしばしば有機的なリズムと結びつく。混沌とした状況の中から明確な形をつくり出す、しなやかな力強さがある。ブラジルという国のオリジナリティは、あらゆるもののグローバル化が進む現在、いっそうの価値と魅力をもっている。

  • ※1 T photography / Shutterstock.com
  • ※2 Elder Vieira Salles / Shutterstock.com
  • ※3 James Harrison / Shutterstock.com
  • ※4 Marcio Jose Bastos Silva / Shutterstock.com
  • ※5 Ronaldo Almeida / Shutterstock.com
  • ※6 ©Estudio Campana, Photo:Fernando Lazzlo
  • ※7 ©Estudio Campana, Photo:Fernando Lazzlo

Profile

土田さん/Tsuchida

土田貴宏/デザインジャーナリスト

1970年北海道生まれ。会社員などを経て、2001年からフリーランスで活動。国内外での取材やリサーチを通して、雑誌をはじめ各種媒体に寄稿中。家具などのプロダクトを中心とするデザインと、その周辺のカルチャーについて執筆することが多い。