インタビュー 編集部が注目するデザイナー・クリエイターのアイデアと実践に迫る

ヤマハ発動機 長屋明浩が描く、ヤマハデザインの新時代

ヤマハ発動機 長屋明浩が描く、ヤマハデザインの新時代

プリウス、レクサスを手がけた氏が取り組むヤマハ発動機のデザイン改革

2014/08/27

JDN編集部

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2014年7月15日、トヨタ自動車で要職を歴任してきた長屋明浩氏が、ヤマハ発動機のデザイン本部本部長に就任した。プリウスのエクステリアデザイン、レクサスのブランディングで注目されてきた氏が、ヤマハという新天地で見据えるものとは。

Vol.1 トヨタ自動車は、幅広い経験を与えてくれた

■プロダクトに心酔しないことは、デザイナーとしての強み
長屋明浩氏
長屋明浩氏

私は美大を卒業して新卒でトヨタ自動車へ入社したのですが、実のところ当初はクルマではなく住宅デザイナーとして採用されました。ところが紆余曲折あって、クルマをデザインすることになったのです。これが私のキャリアにおける最初の転機。あれからおよそ30年。20代の頃からセルシオや、初代レクサスLSなどのデザインに携わってきました。

私もクルマは好きですが、多くのカーデザイナーのようにクルマ命ではありません。このことは自分の強みのような気がします。無類のクルマ好きだと、クルマの常識に縛られてしまい、新しい何かを生み出しにくくなるからです。「そんな非常識なフォルムはありえない」「普通そういうことはしない」ってね。けれども昨今ヒットしているデザイン商材って、その「非常識」を突いていると思いませんか? やはり「常識」にこだわっていては新しいものは生み出せない。そう思うとクルマに対する強いこだわりがないことは強みになり得ます。

長屋明浩氏 (2)
■プリウスのフォルムは、ハイブリッドというメッセージ

大手自動車メーカーは、インハウスのデザイン部門だけでは煮詰まってしまいがちなので、カウンタープロポーザル(対抗案)を出す研究所を持っています。トヨタの場合なら「テクノアートリサーチ」という関連会社。私がここに出向していた際にデザインしたもののひとつがハイブリッドカー「プリウス」の原型となる「トライアングル・モノフォルム」。クルマの天井が三角形になったシルエットです。

トヨタとしては「プリウスを、たくさん売ることで地球環境を守ることに貢献したい」「だから万人受けするスタイルを」と考えていました。一方、私はクルマのフォルム自体が「地球環境に貢献している」というメッセージを発していて、ドライバーもそれを実感できないとハイブリッドカーは商品にならないと主張しました。当時のアメリカでは「ゼロエミッションビークル(以下ZEV)規制」も始まっており、渋滞軽減のためにあるカープールレーン(相乗り車線)を、プリウスのようなハイブリットカーでも走れるようになったのです。するとハイウェイパトロールが、一目見てZEVとわかることがそのまま機能となり、ステータスともなります。やはり埋没するカタチではそうならないでしょう。結果的に、私達からの提案が受け入れられた格好です。

■ブランドを生み出すことで新天地を切り拓いた

テクノアートリサーチからトヨタに戻った直後に「日本におけるレクサスブランドを作れ」と命ぜられたことは、私のキャリアにおける二度目の転機です。簡単にいうとデザイナーから、企画マンへのキャリアチェンジを迫られたイメージ。そもそもブランドを作る方法なんて誰も知りません。だから誰も何も教えてくれませんし、困って欧米の人たちに尋ねると「ブランドなんて作るものではない」と馬鹿にされる始末でした。

でも作るしかなかった。そんな状況だったので、自分なりにやり方を編み出したわけです。結局、“もの作り”というものは“こと作り”であって、概念を生みださないと前進しない。そう悟りました。自分なりにやってみて製造業におけるブランドの作り方を確立できた自負はあります。ここには、ほとんど先行事例がありませんでしたし、ましてモビリティ(乗り物)の分野では皆無。新しい分野を開拓しトヨタに貢献できたという意味において、本当にやり甲斐のある仕事でした。


取材協力:ヤマハ発動機株式会社

インタビュー・執筆:立古和智、撮影:小林ユキノブ