デザインの

「相鉄デザインブランドアッププロジェクト」-社会インフラである鉄道にデザインのメスを入れる
テーマ

「鉄道のトータルブランディング」

  • 相鉄ホールディングス 経営戦略室 ブランド戦略担当部長/長島弘和
  • グッドデザインカンパニー 代表取締役/水野学
  • 丹青社 プリンシパル クリエイティブディレクター/洪恒夫

新しい潮流を起しているプロジェクトから、「問題解決方法のヒント」や「社会との新しい関係づくり」を探る、「デザインの波」。第4回目のゲストは、「相鉄デザインブランドアッププロジェクト」をプロジェクトの中心となって推進する、長島弘和さん(相鉄ホールディングス)、 水野学さん(グッドデザインカンパニー)、洪恒夫さん(丹青社)の3氏。

構成・文:神吉弘邦 撮影:葛西亜理沙

神奈川発祥の相模鉄道は、神奈川県民に「相鉄(そうてつ)」の愛称で親しまれてきた。東急線との交互直通運転を2018年度に予定し、都心への乗り入れという新たな1ページを迎える。創業100周年を機に、この先100年を見据えたあり方を探る。地域に根付いた鉄道という魅力を失わずに、都市を走るのに相応しい鉄道のイメージを付加するのが「相鉄デザインブランドアッププロジェクト」だ。その取り組みは、都心部でも人口減が予測される日本の未来を、デザインの視点から構想するものだ。

社会インフラである鉄道に
デザインのメスを入れる

長島弘和(以下、長島):私たちが2013年からはじめた「相鉄デザインブランドアッププロジェクト」は、当時100周年を迎える節目だったことと、2018年度から都心部へ直通運転を走らせるタイミングがきっかけでした。

相鉄沿線はベッドタウンとして新たに開発された市街地が多く、これから少子化高齢化が進んでいきます。人口の社会減と自然減が同時にあるので、新しい住民の方に沿線への住み替えを促進することが必要なんですね。

長島弘和さん(相鉄ホールディングス 経営戦略室 ブランド戦略担当部長)

長島弘和さん(相鉄ホールディングス 経営戦略室 ブランド戦略担当部長)

それには、まず相鉄を知ってもらうこと。認知してもらい、好感度を上げてもらう。今回都心に乗り入れをする機会があるので、車両そのものを広告として利用できないか、また、お客様の最初のタッチポイントである駅舎や駅員の制服を新しくして、他社との差別化を図る仕組みがつくれないかというのがプロジェクトの発端でした。そのためのコンペを行ったんです。

洪恒夫(以下、洪):車両と駅と制服のデザインを通じてブランドアップを図りたいという与件でした。見えているもの全部をデザインでコントロールすることが求められる稀なプロジェクトで興味深かったです。アートディレクターの起用がコンペのポイントであり、そこには自分の専門である空間だけではないため、プロダクトデザインやファッションデザインの分野のクリエイターの力を借りつつ、全体を俯瞰することが必要でした。

水野さんにお声がけしたのは、トレンドやマーケットの姿を詳細に捉えながら、クリエイティブディレクターとしてデザインを創り上げていく仕事を拝見していたからです。「相鉄デザインブランドアッププロジェクト」に寄与する大事な部分をたくさんお持ちだと思って門を叩き、ツートップのアートディレクションの参画に了解いただいてコンペに応募しました。

水野学(以下、水野):鉄道の仕事は初めてでした。社会インフラである鉄道が「デザイン」に興味を持っているということは、社会全体にとってもデザインリテラシーの劇的な向上につながると思ったんです。

水野学さん(グッドデザインカンパニー 代表取締役)

水野学さん(グッドデザインカンパニー 代表取締役)

相鉄さんだけではなく、いま多くの鉄道会社でデザイナーや建築家が入るプロジェクトが進んでいます。デザインの活躍がある意味遅れていた業種にデザインのメスが入るのは、偶然ではないと思う。すごく大切なことでやりがいを感じるとともに、責任も重いなと感じました。

コンセプトメイキングで
思い込みのタガを外していく

長島:洪さんと水野さんがコンペのときに提案されたのは、奇抜さで目を引くのではなく、きちんとデザインコンセプトも煮詰めて「今後100年間は古びない、普遍性のあるもの」をやりましょうという発想でした。

鉄道だけではなく、相鉄ホールディングスというグループ全体のブランド戦略です。最初はどんなものが出てくるんだろうと一部戦々恐々としていたのを思い出します(笑)。

洪:どういう方向に向かっていけばいいかをディスカッションするうち、本質的なもの、つまり「流行り廃りのないデザイン」とする方向を固めました。

100年目の節目に、次の100年の事業を考える。グループの事業構想と合致するかたちでコンセプトをつくりました。かたちに転換しにくいですが、根っことなる考え方はすぐにしっかりと共有できたと思います。

洪恒夫さん(丹青社 プリンシパル クリエイティブディレクター)

洪恒夫さん(丹青社 プリンシパル クリエイティブディレクター)

長島:デザイナーの皆さんに仕事をお願いするとき、事前に十分なコミュニケーションを図らないと表面的なデザインになってしまうと考え、そうした事態にならないよう心がけました。このプロジェクトでは月に2回くらい”ワーキング”と称した打ち合わせをしました。途中でいろんな意見の相違も乗り越えて、経営陣や現場の声も吸い上げながら、うまくキャッチボールできたように思います。

水野:人には誰しも、知らずに知らずに思い込んでいることって、あると思うんですよね。これまで100年間積み重ねてこられた日々の業務の中でも「ここは、これ以外ないんだ」って思ってしまっていることがありましたよね。そうした思い込みのタガを外していく作業は、最初に丁寧にやっていきました。

長島:今までやってきたことで、当たり前に思われてきたことが沢山あります。中にはこれまでやってきたことを否定されてしまうと感じてしまう人もいましたね。そうした誤解を解くのも大切でした。

しかし、長年習慣となっていて変えられずにいたこともあったので、この機会に棚卸しができたんじゃないかなと思います。形あるものをデザインするのに合わせて人を変えることができたのが、このプロジェクトの大きな意味合いです。例えば、制服が変わる時に自分たちも変わらなければならない、そう思えるような価値のあるプロジェクトが、私たちが進めている作業だと思います。

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