デザイナーのこれからのキャリア

デザイナーのこれからのキャリア
第3回:松徳硝子 クリエイティブディレクター 齊藤能史氏

構成・文/神吉弘邦
写真/真鍋奈央

2015/09/04

デザインの表現がどんどん進化してきている今、デザイナーのキャリアを考えるシリーズ対談。現代のデザイン業界を牽引するトップクリエイターたちに、クリエイターたちのキャリアコンサルタントとして活躍中の小島幸代氏がインタビュー。

Vol.1「やったのは、元からあったものを生かすことだけ」

墨田区錦糸町の駅からほど近い一画。下町の面影を残す地に松徳硝子の工場がある。まもなく創業100年を迎える老舗メーカーは近年、廃業の危機に陥っていた。ブランドの再構築によってその危機を回避させたのが、30代の齊藤能史氏だった。

松徳硝子 クリエイティブディレクター 齊藤能史氏
齊藤能史 さいとうよしふみ
1976年函館生まれ。グラフィックデザイン会社、Webデザイン会社、キッチンナイフメーカーなどを経て、2010年松徳硝子へ。デザイナーとして商品企画や開発を担うほか、経営企画からブランディングまでを統括する。同社の主力ブランド「うすはりグラス」の売上を急成長させたことで知られる。2011年取締役、2014年から専務取締役。
http://www.stglass.co.jp
― 大きな窯が放つ熱気の中、多くの職人が働く松徳硝子の現在

齊藤:社員43人のうち、吹き硝子職人は15人です。3世代いて、見習いで19歳、ベテランで60半ば。朝8時〜17時までの仕事ですが、夜はガラスを溶かす時間になります。窯の温度を1350 度〜1500度に保つため、専門の職人がいます。僕の入社する遥か昔は、石炭で火をおこしていたそうですが、今はガスですね。

もともと松徳硝子は電球のバルブ工場だったんです。大手電器メーカーさんの下請けで、かなり売上があったようですが、機械でつくったほうが安い時代になり、仕事が無くなり、付加価値の高い食器製造に移行しました。つくっているのは作品ではなく、プロダクト(製品)。ここは工房でなく工場であり、製造にあたるスタッフも作家ではなく職人。作品と違って、製品には規格があるんですね。難しい型のガラス製品を高いクオリティで、数多くつくれるのが一流の職人たる証です。でも、この道50数年の唯一無二の技術を持つ親方でさえ、満足できたものは1個としてないなんて言っていましたから、本当に奥の深い世界ですよ。

― 手仕事のいいものを適正価格で提供する

齊藤:いいものつくるのは当たり前ですが、全部気にいらないと壊せば、何個も残りません。そこはある程度のガイドラインがあり、絶対的にいいものと悪いものは選別できます。問題は中間のもの。例えば「泡がまったく入っていないガラス」というクオリティに厳選したら、バカラさんみたいな高級品になってしまう。「時には、泡も入りますが、そこがガラスの特性でもあり、手仕事の独特なところでもあるんです」とか「まだまだ技術も未熟なので、多少の個体差が生じることもあります」と製品を卸すお客様にきちんと説明ができれば、いいものを適正な価格で提供することにつながります。造形的な部分に固執することだけが、デザインではないと思うんですよね。

小島:松徳硝子での齊藤さんの職種は、どのような立ち位置になるのでしょうか。

齊藤:僕はガラス職人ではないのでプロダクトはつくれません。クリエイティブディレクターということになりますが、社内にデザイン専門のスタッフはいないので、自分でデザインを考えて、図面を引いたり、パッケージやカタログをデザインしたりしています。商品企画や経営企画、販売企画も自分が引き受けていますね。

うちはメーカーというより生産工場なので、営業担当もいないんですよ。小売業態のお客様は8割から9割がインテリアデザインショップです。そのバイヤーさんと言ったら、多くの方が20代後半から30代。ベテランでも40代の方が主です。これまで60代の社長が商談しても、時には感覚的な部分や話が噛み合わないことがあっても、当然だったと思います。

かつて、松徳硝子の主な取引先は地方のガラス館などでした。観光地への出荷が止まり、売上の半分以上が無くなり、このままでは倒産するということが、10年程前にありました。社長も義理がたい人間なので、倒産したら、社員や資材や原料等を調達させていただいている関連会社さんに迷惑をかけてしまうので、その前に廃業しようと。その時やめていたら、貴重な技術や文化も失われてしまうところでした。

松徳硝子 工場の様子 (1)
松徳硝子 工場の様子 (2)
― 看板商品「うすはりグラス」がインテリアデザインショップを中心に一躍ヒット
松徳硝子 工場の様子 (3)

齊藤:うすはりグラス自体は、バルブ工場だったときに培った技術を継承し、実は平成元年から展開している商品です。自分でも松徳硝子に携わる前からいちユーザーとして愛用していましたし、廃業しかかった話を聞いた時は、このグラスがなくなったらもったいなかったな、と思いましたよ。

うすはりの良さは、引き算の美しさなんです。底の厚み、飲み口の薄さ、あくまで飲み物を素手でそのまま持っているような感覚。異物感がないから、酒が美味しいと感じ取れる。だから道具として美しい。当時はお客様からのニーズがあったのでしょうが、うすはりに切り子を施したり、色を入れたりという商品があったので、それは、「引き算」というコンセプトからもずれますし、主力製品に製造を集中し製品全般の精度を底上げするために廃盤にしました。

僕がやったのは、あくまで元からあったものを生かし、不要なものは消す、言わば編集的なことだけ。加えて、社員みんなの頑張りもあり、廃業する前の状態までに戻すことができたんです。こういう生産工場だとデザインとものづくりは密接に関係しているので、今つくっているものが正しいのか、次に何をつくるのか考えるのが、まさにクリエイティブな部分であり、重要なことだと思います。

BENCH inc.

INDEX

「やったのは、元からあったものを生かすことだけ」

VOL.1

「やったのは、元からあったものを生かすことだけ」

「要はデザイナーという肩書きにこだわらなかったんです」

VOL.2

「要はデザイナーという肩書きにこだわらなかったんです」

「線を引く前に現場へ入れ」

VOL.3

「線を引く前に現場へ入れ」

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