2007年10月、大阪・千里に開院した千里リハビリテーション病院。脳卒中後の回復を専門とする施設で、「リハビリテーション・リゾート」というコンセプトによる画期的な存在が話題となった。
瀟酒な外観や、落ち着いた高級感を伴うインテリア、全館に漂う穏やかなアロマや心地よいBGMなど、病院への既成概念を覆すような、まさにリゾートホテルを彷佛とさせる空間は、各業界を代表するクリエイターの参加なくしては実現できなかった。
理事長の橋本康子氏と、アートディレクションを行った佐藤可士和氏、両者の話を通じて、その背景を探ってみたい。
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目指したのは居心地の良いリハビリ環境
理事長/医師 橋本康子氏


橋本理事長は、医者として、また香川・橋本病院の院長として、患者が長時間を過ごす病院という空間に常々疑問を抱き、試行錯誤を重ねていた。


橋本康子氏
橋本康子氏

「一般的に、居心地の良さや空間の快適さを重視した病院は無いと思うんです。自分がそこで住みたいな、とか何カ月いてもいいなとか入院したいな、とはなかなか思えないんですよ。
病院には大きな建物が必要でコストもかかります。でも、だからこそ、そういう心地良い場所にしたかったんですね。

香川の病院は、施工業者にこれくらいの規模の病院を作ってくださいとお願いしただけで完成するというような、典型的な病院。その床、壁、天井を張り替えたり、病室の一部を畳の部屋にしてみたり、どうしたら快適でより良い環境になるか、この10年ずっと試行錯誤でした。
素人なりに手を加えて改装してきましたけど、まとまりのない雰囲気になってしまい、気になっていたんです。
自分でしたらどうなるか、ということはよく分かっていたんですよ(笑)。個人的に、こうしたい、ああしたいという願望はあっても、あまり上手くいかないんですよね。だからプロにお任せしたい、と。
デザイン的に美しいということだけではなく、患者をとりまく環境をより良くしたい、理想に近づけたいと考えてのことでした」


当時からイメージしていたのは、洗練された居心地のよい空間。


「でも、設計士さんになかなかうまく伝わらなくて。『わかりました』と言われても、どう見ても病院、医療施設。私のイメージとは違う。
たとえば、リゾートホテルと間違えてほしかったんですね。それには床や壁の材質ひとつもそれなりに選ばなければならないし、たとえば構造上避けられない太い柱も気にならないように処理してもらう必要がある。それらがとてもうまくできているから、素晴らしい空間に仕上がると思うんですね」


計画当初、建築についてはすでにアイデアがあった。
医療福祉建築協会が主催した「医療福祉建築コンペ」において、共同建築設計の川島浩孝氏が受賞した作品がまさに理想そのものだったのである。


橋本康子氏

「架空の医療福祉建物のコンペだったのですが、受賞作品のコンセプトが12LDK(共有スペースのリビング部分をリハビリ室とし、12部屋を個室制とする病室レイアウト)だったんです。これを作りたい! とすぐに、川島さんに設計監理を担当してくださるようにお願いしました」

「建物のハードは最高で、12LDKと完全にユニット化されているプライベートスペース、特別室などの構造をそのまま採用しました。それとは別に、トータルに院内を考えてくれるデザイナーが必要なのではないかとも感じていました。
とは言ってもどの分野の方に頼めばいいのかもよくわからないまま、基礎工事が進行している状況でしたね」

「その頃偶然、テレビで佐藤可士和さんを紹介している番組を見ました。そこでわかったのですが、あのケータイもステップワゴンの広告も、誰がデザインしたのか意識していなかったのですが、なんとなくいいなあ、と私の記憶に残っていたんですね。それが全部、可士和さんの仕事だったと知ったのでお願いしてみようということになりました」


「リハビリテーション・リゾート」という考え方は、リハビリテーション病院だからこそ成立するものだった。


「リハビリテーション病院の目的は家へ帰って日常生活をできるようにすること。家庭内や社会と同じしつらえの中で行動できるようになるための活動が必要とされます。必要以上にバリアを作ることはありませんが、あえてバリアフリーだけを考えることはしませんでした。

家へ帰ったら靴を脱いで上がり、着替え、冷蔵庫から物を出して調理し、食事をして、入浴…そういった普通の生活ができるようになるための訓練がリハビリです。極端に言えば“リハビリ”という言葉で思い浮かべる平行棒や機具類がなくても、生活の場所でベッドから立ち上がって洗面所にひとりで行ったり、壁をつたいながらでも部屋の中を歩いたりすることがリハビリになります。
脳卒中を患った人は、判断力と体の動きがこれまで通りとは違っているから練習しなければならないのであって、全部を自動扉にしたり、回転しない椅子だけを置いておくような、日常には存在しないような過剰に安全な場所を作る必要はないんです。

本当に普通の感覚で居心地が良いと思えることを最優先にしたかったんですね。だからこそ、医療の専門家ではない、プロのデザイナーさんに助けを求めようと考えました」



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