20世紀最後の年に半年間に渡って開講される『デザインの21世紀』。各分野第一級の12人の講師陣による特別講座です。
第一回目はオリエンテーションとして、松岡正剛氏と内田繁氏による対談で幕を開けました。
デザインやデザインを取り巻く社会環境が大きく変わろうとしている今だからこそ伝えたいことがある、という二人です。
「10年で世界は変わる。ゴルバチョフが出て10年で壁は崩れた。30年あれば幕府も終わる。日本は戦後50年変わらないでやってきた」(松岡氏)。
「全12回、全ての講師がデザインに関係している。デザインを狭く考えないで広くとらえて欲しい。参加している皆さんが、自分なりのテーマを作ることが一つの大きな目的になるだろう」(内田氏)。
変化する‘関係’を重視する日本人
「欧米には『行先の見えない今の社会を打開する糸口が日本にあるのではないか』という期待がある」。海外のデザインシンポジムや教育機関での講演も数多い内田氏が言います。
注目すべき日本人の感覚として内田氏があげるのは、‘関係を重視する’ということ。
たとえば空間の場合は、‘空間そのものは空(ウツ)でそこに物をどう置くかということが重要であり、空間は変化し得る’という日本独特の考え方。このような空間の概念は、室町時代に生まれた侘び茶に集約されました。「この感覚は今なお私たちの体の中に引き継がれているのです」。
ドロドロした感性の復権
例えば縄文文化と弥生文化のように、もともと日本にはドロドロな感性とシンプルな感性がある。しかし現在はシンプルに偏りすぎているのではないか、と二人は言います。
「本来は、ドロドロとシンプルとが弁証法的に繰り返すはず。現在の流れはシンプルだけを求めている。だが、これでは突破がない。そろそろ突破ものが出ないと、現在のシンプルも行き詰まる」と松岡氏は指摘します。
クラブ文化‘連’を作ろう
侘び茶をはじめとして、現在につながる様々な文化やデザインが生まれた室町時代は‘会所と雑談の文化’でした。人々は集い、そこで出る‘お題’をきっかけに、共通の知識基盤の上でクリエイティヴを競ったのです。
松岡氏は、「今の日本ではこのように人々が集まって何かやろう、という存在がない。少数の人々が、もの凄く凝る場である‘クラブ’‘サロン’‘連’というものが失われている」と言います。
「桑沢デザイン塾は、実は、‘連’になることを願っているのです」と内田氏。
社会の流れからは一歩離れたマージナル(周縁)に立ち、物事の本質を見極める。「本来、デザイナーやものごとを創り出す人は、そうであったのではないか」。
今こそ‘指図’が必要
「現代の、特に若い人たちは、オーダー(秩序)を作ることを恐れてディスオーダー(無秩序)になっているように見える。だが、彼・彼女らも限定された枠の中での秩序ならば作る。これは‘可愛らしい無秩序’とでも呼ぶべきか」。内田氏は言います。
松岡氏は「オーダーでもディスオーダーでもないことを始めるために‘指図’が必要だ」と言います。‘指図’とは、言い換えればデザインでありプラン。アートディレクターやデザイナーと呼ばれる‘計画する人’‘指し示す人’の仕事です。
しかし、指図できる人が少なくなり、最低限必要な共有知識すらないために、指図を皆で話し合うこともできないのが現在の状況です。
明治時代の科学技術の流入で、図案家という職業が生まれ、‘ものづくり’と‘考える’ことの分離が始まりました。「分離自体は良いことだが、能率だけを求めて細分化を進め過ぎてしまった」と内田氏。
解剖学、グラフィックデザイン、文化人類学、建築、アート、科学、花、映像、陶芸、デザイン史・・・。これから続く講義の橋渡しを意図した、という今回。縦横に尽きぬ話題で、デザインを考えるための多くの視点を示しました。