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より大量により安く建設しようと、どこも似たような作りになってしまった東京の高層ビル群。そんな東京の様子を「屋根もなく個性もない、のっぺらぼうな‘年老いた都市’だ」と山田氏は笑います。
カワラマンへの転身
長くフリーカメラマンとして建築写真の分野を中心に活躍してきた氏は、かねてから日本建築、特に「瓦」へ強い魅力を感じていました。多くの寺や神社、民家集落を見て回り、自身でも瓦作りの良い素材を求め、日本全国を渡り歩きます。42才のときカメラマンからカワラマンへと転身し、淡路島の瓦生産地集落に転居したと振り返ります。
淡路での瓦作り
なぜ淡路島が瓦作りに適しているのか。その理由として、粘土が豊富なことをあげる山田氏。大規模な土地(宅地)造成が施されることなく、瓦に適した昔からの土壌が守られてきたのです。
さらに淡路島では、集落で瓦を製造しています。今なお保たれている、集落同士の縦と横の強いつながり。人一倍瓦への思いを持つ者たちが、上質な粘土を使い、用途に応じて数百種類の瓦を作りだしています。
瓦、その造形と構成の美
スライドで観る淡路島はまさに自然の宝庫。四方を海で囲まれ、広がる緑の大地に美しい田園地帯。そこに昔ながらの屋根瓦を持つ家々が軒を並べます。
一口に「瓦」と言っても大小さまざま。四角もあれば円形もあり、作り手の感性が率直に表れています。また同種の瓦はどれも寸分違わず同じ形をしています。この幾何学的に統一された瓦の一つ一つが並べられると、屋根が一つの集合体となり、「和をもって日本となす」ことを象徴します。美しく輝く屋根瓦を見ると、日本建築を芸術までに高めた要因の一つが、ここにあるように思うと山田氏。
伝統の継承
日本各地で伝統を受け継ぐ若年層が減ってきています。瓦造りもまた同様です。多くのデザイン学校、専門学校が全国にあるものの、「瓦」を教える先生はいなく学ぶ機会はありません。その一つの結果として「横並びの知識がのっぺらぼうな建物を作ってしまう」と言います。単に建築が均質になるだけではなく、それは日本にある世界遺産の再築も困難にしているのです。
合理化、近代化は確かに利便をもたらしましたが、同時に勘や経験といった職人技を軽視する結果となり、現在ではその存続さえ危ぶまれるようになっています。伝統の継承は、‘ノスタルジーを保護する’のではなく、‘自然や地域の個性に育まれた日本人の心を伝える’重要な役目であると山田氏は言います。
「地域性」を「身の丈に合った」と表現する氏。建築も暮らしも、酒すらも身の丈に合ったものにしてしまう「ほろ酔いカワラマン」山田氏の、瓦追求の旅はまだまだ続くようです。
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 山田脩二氏 1960年、桑沢デザイン研究所卒業後、凸版印刷に勤める。'62年フリーカメラマンとして独立。'74年「現代日本15人の写真家」展(国立近代美術館)および、'77年「現代日本の写真家22人」展(オーストラリア20世紀美術館)に写真家の一人として選ばれる。'84年瓦のデザイン、企画、製造販売のため、株式会社「山田脩二・淡路かわら房」設立・主宰し、自作の敷瓦で景観への問題を提起。
1991年、吉田五十八賞(特別賞)受賞。出版に、「京都の記録・千年のこころ」、「山田脩二・日本村 1969〜79」、「カメラマンからカワラマンへ」、「日本の写真家・山田脩二」などがある。


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