建築とアートの重なりの探求
これまでは、仕事やプライベートで飛行機や新幹線に乗って、あちこちを飛び回る日々を送ってきた。その折に突然、あの「世界の自粛期」がやって来た。鶯のさえずりだけが響く静寂の中で、自分の内側から「描きたい」という気持ちが湧いてきた。プロジェクト期間が長い建築と違い、絵画はどんどん完成していくことが面白く止まらなくなり、気づけば1年間で300枚近くの作品が完成した。大量の絵をどうしたものかと友人に相談すると、自分の持つカフェギャラリーで個展をやってはどうかと話をいただいた。
大量の絵画を壁一面に並べてみたところ、しまい込んであった絵を一堂に見るのは自分自身も初めてで、とても面白い体験となった。壁の「絵画仕上げ」とも「絵画タイル」を貼ったようにも見えてきた。
これだけの枚数が並んでいると、誰でも一枚くらいはお気に入りを見つけてくれることが面白く、子供たちは凸凹したものが好きであったり、同じ絵を気に入ってくれた人がみんな同業者だったりと、思わず笑ってしまうこともあった。格調の高いアートの世界もいいが、こんな風に自然に会話が生まれるようなアートの在り方もあってもいいのではないかと感じた。
作品には、建築現場で「建材」として扱っているさまざまな材料を使っている。塗装材はもちろん、木工用ボンドやセメント、石膏、壁パテにいたるまで作品の中に埋め込んだ。使う道具も、絵筆はもちろん、左官ごてやほうき、ゴムベラ、ボンドゴテなど現場の職人さんたちが手にしているものを使ってみた。
時間を置いて変化するテクスチャ。重なりによって生み出される深い色。発熱する石膏。身近にありながら知らなかった材料の新しい発見の連続は、改めて左官職人が生み出す表現力への尊敬の念とつながっていった。
壁の色を変えるには勇気がいるが、絵を一枚掛けることは簡単にできる。春夏秋冬の気分にあわせて変えることもできる。そんな当たり前のことに改めて気づかされた。実際に素材を使ってみることで、次の建築空間にどう生かすかというイメージも次々と沸いてくる。建築とアートという領域をいったりきたりする、この「重なりの活動」を通じて、新たな建築領域を拡張できたらいいなと思う。(石川静)
撮影:藤井浩司(TREAL)