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2002年1期グラフィックデザイン 4 監修;浅葉 克己
グラフィックデザイナー 原 研哉
知っているけど、分かっていないこと

「これが僕の考える‘情報の建築’の概念図です」
5つほどの感覚器官から繋がった管のようなものが、脳の中に建築を立ち上げている、そんなイメージが正面のスクリーンに映し出されます。
 

■ 情報の建築を作るのがデザイン
「デザイナーは‘デザインを通して受け手の頭の中に情報の建築を作っている’と考えています。視覚、触覚、聴覚など様々なチャネルを通して入ってきた情報が頭の中に蓄積され、建造物として構築されていくイメージです」。
「触覚一つとっても、指先でなぞった触覚と、手でドアノブを押したりするときの腱とか筋肉で感じられる触覚はまったく別物ですよね。そう考えると人間の‘センス’は無数にあるのかもしれない。とにかくそれが僕らの仕事のフィールドだとすると、パソコンのモニターの中で視覚的に作業しているだけでは情報としていかに偏っているかということを念頭に置いて、これからお話しする私の仕事を見てください」。
 

■ 布を用いたサインシステム
まず最初は、台に布をかぶせただけの産婦人科のサインシステム。なぜ布なのか?
「出産を控えた女性が過ごす場所だから、清潔で優しい感じを出したかったことと、布の‘汚れやすさ’がポイント。汚れやすいサインをいつも清潔に保つことで、この病院が空間を清潔に保っていると来院者に伝えることができる。布の持つ壊れやすさを、逆にポジティブなコミュニケーションのチャネルとして使っているんです」。
「情報とは、マテリアルの持つ無限の潜在性の中でこそ機能していくもの。だからモノと機能を一義的に結びつけるのではなく、今はモノが潜在的に持っている機能をどれだけ引き出せるかを発想することのほうが豊かだと思う」。
 

■ 紙が呼び起こす記憶
続いて、5年前の長野冬季オリンピックのためにデザインした開会式のプログラム。
「最初に取りかかったのが紙のデザイン。忘れがたい記憶をリアルに呼び起こすモニュメンタルなものとしてデザインしたかったから、型押しすると新雪の上に足跡をつけたような効果が得られる紙を作ったんです。この紙に触れた瞬間、引き出しの奥のメモリがわっと呼び起こされる。イメージの建築を作るというのは、見る人の記憶も一つの資源として利用することなんですね」。
「紙だって、重さ、テクスチャー、感触を持つ一つの物質。電子メディアのスケールは確かにすごいけれど、一人の人間が味わい尽くせる情報量には限りがある。目の前にある情報をいかに慈しむことができるか。そこに紙というメディアの可能性がある気がします」。
 

■ 見慣れた日常の変化に潜むデザイン
竹尾ペーパーショーでの展覧会「RE DESIGN」。
紙の未来を日常のもので解き明かしていこうと、トップクリエイター32人に紙に関わる日用品をデザインし直してもらいました。新しい発想で考え直した、トイレットペーパー、出入国スタンプ、大人用紙おむつ、絵葉書、たばこの箱、ティーバッグなどなどが並びます。
「まるっきり新しいデザインをするのではなく、部分的に継承しながらデザインし直す。そのちょっとした差違を際立たせることにより、‘紙の未来’はもちろんのこと、それ以上にデザインの仕事が歴史の中に浮かび上がるだろう、と」。
 
「『デジタル革命がやって来た』と言うけれど、見たこともないスゴイものが次々に日常に現れて激変していくんじゃなくて、見慣れた日常が少しずつ変化しながら、気づいたときにはワッと変わっている、そういうもの。デザインの仕事はそういう変化の中にこそあるんです」。
 

質疑応答より
「RE DESIGN」の32人のクリエイターはどういう観点で選んだのですか?
賞をもらっているとかではなく、自分の仕事のポイントを明確に持っている人。

たとえばファッションの新しさには2つある。一つは、誰も発見したことのないものを生み出していくこと。もう一つは、トレンド情報のように「今日新しいものを明日古くする」こと。去年の流行色は赤、今年はオレンジ、とか。ものを買い替えさせて経済を動かす。ファッションデザイナーは、そのエネルギー源として使われてきたでしょ。
でも津村耕祐さんはちょっと違う。「着る」ということとは、と考えて、衣服をFINAL HOMEという「家」という観点でとらえた発想がおもしろい。「優れている」かどうかは二次的な評価であって、そういう発想のしっかりした価値観を持っている人を基準に選びました。
 

病院のスタッフや患者さんたちの、布のサインの評判は?
やってみたらクリーニングも半年に一回で済むことがわかり、そんなに苦ではないらしいです。使い手にはわりと評判で、いろんな人が見に来るといいます。意外と、病院のサインの一つのプロトタイプになっているのではないでしょうか。
最近また、宮城の大きな病院のサインの仕事が来ました。サイン自体を支える脚を金属などでは作りたくなかったので、病院の床に巨大な文字を書いたんです。壁とか床を徹底してサイン空間にした。病院は、サインを展開する空間としては実験性があり、おもしろいです。
 

私は、原さんがデザインした愛知万博のガムテープのノベルティーを印刷した会社に勤めています。満足するクオリティができ上がらないと四苦八苦する様子を横で見ていましたが、自分のイメージするものに印刷技術の再現性が追いつかない、そのギャップについてはどうお考えですか?
いえ、この仕事はとても満足しています。
表面の微妙な縮みにインクが乗りにくかったり、苦労もしました。ノベルティグッズにガムテープを提案したのは、使い切ればなくなるものだし、荷物が媒体となって万博のメッセージを運んでくれるからです。電子メディアだけでなく、実際の物流の世界にメッセージを放り込むのがおもしろいなと思ったんです。ガムテープが単なる道具を超えてメディアになる。灰皿にロゴを入れるとか、つまらないものをたくさん製造するのとは違うコミュニケーションを試せたのも、一つの成果ではないかな、と思っています。
 

2002年3月30日、桑沢デザイン研究所にて
    原 研哉 氏
原 研哉 氏
 
はら けんや
58年生、83年武蔵野美術大学大学院終了。
(株)日本デザインセンター入社後、89年から紙商社(株)竹尾の「PAPER SHOW」アートディレクションを手がけ、91、92年そのポスターによるADC賞受賞。
92年、日本デザインセンターに原デザイン研究所を設立。95年にニッカウィスキーやAGFの仕事をまとめてパッケージデザイン集『SKELETON』(六耀社)、96年にエッセイ集『ポスターを盗んでください』(新潮社)を刊行、日本文化デザイン賞、講談社出版文化賞ブックデザイン賞を受賞。
96年に日本建築家協会「建築家たちのマカロニ展」、「2005年国際博覧会日本案プレゼンテーション」のアートディレクションを担当。
98年には空間デザイン領域に活動を広げ、梅田病院サイン計画でサインデザイン対象を受賞。長野冬季オリンピックでは、開・閉会式プログラムのアートディレクションを担当。同年「アイムプロダクト」カタログで、ニューヨークADC賞特別賞受賞。
99年、EXPO2005AICHI公式ポスターをはじめとする総合プロモーションデザインを担当。
2000年に竹尾創業100周年事業として計画された「ReDesign」「紙とデザイン」の展覧会および出版プロデュースが、原弘賞、第3回亀倉雄策賞、第17回国際インダストリアルビエンナーレにてICOGRADA大賞、ICSID大賞、毎日デザイン賞を受賞している。

 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
講演の様子
 
 
 
 
 

 
 
 
講演の様子
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
講演の様子