「デザインをするときも‘手で書く’ことを忘れないでほしい」と言う石川九楊氏。タイポグラフィにとって、書の歴史を学ぶことがいかに大切か。私たちが何気なく「美しい」と感じる背景には文字デザインの歴史が積み重なっていることを、説明します。
■書くことがデザインのはじまり 文字を書くとき、私たちはすでに文字をデザインしています。
「線を追って順に書くことで‘自制’が働きます。ワープロのキーをポンとたたくのが1だとすると、書くことには5万くらいのプロセスがある。そのくらい考えているということです」。ワープロ、パソコン主流の今だからこそ「書くこと=思考を鍛えること」の重要さを伝えたい、と言います。
■書とタイポグラフィ タイポグラフィの基礎には書がある。つまり「書の歴史、つまり漢字とひらがなの二つをしっかりと自分のものにすることがタイポグラフィ習熟の一番の近道なのです」。
「太い部分と細い部分、力の入れ具合、筆のリズム…。書くことで美しい文字が形づくられる。これを意識するかしないかでフォントの出来上がりも全く違ってきます」。印刷文字の裏にも人の書いた文字=書があることをつねに意識せよ、というわけです。「‘女手’と呼ばれたひらがなは、性愛や自然、身の回りのことに結びついて『源氏物語』や『和泉式部日記』を生んだ。文字の歴史は日本の文化の成立にも深く関わっているんです」。
■文字デザインに求められる書の視点 活字の世界では、漢字は中国式の明朝体が、ひらがなは右肩上がりの御家流*1が使われるようになりました。近代の文字デザインは、ひらがなを漢字よりも小さくしたり、線の太さを一定に近づけるなどして異なる書体の釣り合いをとってきました。
ところが現代では、写植の衰退などから、このような微妙な調整が難しくなっています。「それをカバーする方法は、書の視点から評価することです。書をやる人間が大事にすることは何かといえば‘文字の書いてない方から文字を見る癖をつけること’。いわゆる余白を見る姿勢です。文字にばかり気を取られていては見えなかったことが、見えてきます。すると今の書物の文字デザインが、いかに酷いか分かりますよ」。
■日本の美意識、再発見 参加者から「タイポグラフィというと英語主体のデザインを考えがちですが、日本語ならではのデザインは可能でしょうか」との質問がありました。
石川氏は、たとえば和歌を書くとき、縦書き3行で、行頭を段々と左下がりに落として書く癖が日本人にあることを指摘します。
「これは‘ちらし書き’といって日本特有の美意識です。つまりはタイポグラフィですよね。他にも‘重ね書き’や‘返し書き’など独特の様式がありますが、私たちは無意識に、深く考えずにやっているものです。逆に、西欧の合理的なデザインを徹底的に学ぶことで、日本的なものは何か、はっきり見えてくると思います」。
「日常の‘和風’デザインを意識的にとらえ直すことにこそ、そのヒントがあるのではないでしょうか」。
2001年3月17日、桑沢デザイン研究所にて
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 石川九楊氏

*1 おいえりゅう、伏見天皇の第六皇子、尊円親王(そんえんしんのう、1298〜1356年)が創始した書流「青蓮院流(しょうれんいんりゅう)」別名;尊円流の通称。御家流は、江戸時代に公文書の書体と定められ、朝廷や幕府、諸藩で使われた。敬意を表して家様(いえよう)と呼びさらに大衆化して御家流と呼ばれるようになった。香道の一流にも御家流があり、これは三条西実隆の創始。


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