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私と赤いバレンタイン
私がイタリアへ渡った動機は、20代前半にパゾリーニやアントニオーニやフェリーニなどのイタリアン・リアリズムの映画とイタリアのデザイン雑誌の影響を強く受けたからである。 ブリオンベガのラジオはザヌーゾの傑作の1つであり、カスティリオーニから私たちの結婚祝いにと頂いたものである。オリベッティ社の赤いバレンタインはソットサスのデザインで、色は赤しかなく、ソットサスに何故赤い色しかないのかと尋ねてみたら、彼は「中国の毛沢東の赤い手帳と同じで、タイプライターは文章作成というメッセージ性の高いツールなので、強いシンボル性を持たせたかったんだ」と説明してくれた。そのころから私は、コンセプチュアルなソットサスに少しずつ洗脳されていった。 この古ぼけたバレンタインは、その後数10年間、私と外とのコミュニケーションに協力し続けてくれた可愛いヤツである。 |
梅田正徳 |
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