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イタリアで一番印象に残っていること
1984年夏、ミラノでの生活が始まった。私と妻と3ヶ月になる長男のミラノでの住まいはコートヤードのある、1階には乾物屋の入った6階建ての4階1LDKだった。4つもの鍵を使って入ると、1日にしてそこの住人は家族となった。最初、面倒見がいい親切な人たちは、その内過剰なほど世話好きなイタリア人になった。
妻はイタリア人達の妻達の仕事ぶりに驚いた。床はいつも綺麗に磨きあげ、下着までアイロンをかけ、3食の食事の支度(私も昼食には帰宅して食べていたが)、子供の学校への送り迎え、そして向かいのベランダには1週間に1度沢山のぬいぐるみが洗濯されて吊されていた。しかし彼女たちは外出時にはしっかりとおしゃれをして出るのだ。皆それなりにファッショナブルだった。
息子はアパートの住人によって育てられ、毎日がバッチョの嵐だった。散歩はもちろん、散髪やベビーシッターまでかってでてくれた。彼はすっかりイタリア人気分であった。
ワインはうまいし、安いし、食生活には満足だった。
妻も息子もエンジョイしただろう。
陽気に明るく楽しく暮らした。面白かった。

当時の清水氏(右から2番目)
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 現在の清水氏
清水文夫
建築家。島根県生まれ。1975年芝浦工業大学建築工学科卒業。
1981年AAスクール (英国) 卒業。その後ミラノ工科大学建築学科にて建築を学ぶ。
「The Itailian Design」出版のため、イタリアの建築家、デザイナーを150人訪ねる。1988年、株式会社清水文夫アーキテクツを設立。
主な活動として、ビュ−ティ−サロン、カフェ、レストラン、ブティックなどの設計がある。1990年より4年に渡り、イタリアの「アビターレ・イル・テンポ」展覧会の日本ブースの代表を勤め、同年個展『Manifesto Mano Maniaco』を開催。1996年から2年間日本の家具会社のアートディレクターを勤め、1997年イタリアの「サローネ」で家具を発表。1989年〜1993年にはデザイン雑誌、「FP」、1990年〜1992年には雑誌「KUKAN」、1993年「ジャパン・アベニュー」、1994年〜1995年会員雑誌「First Class」、1997年〜1998年「casa nuova」の編集長を勤める。
著書にThe Italian Design(レオナルド・ダ・ビンチ)、The Italian Interiore.
The British Architecture & Interior 等数冊。
JDNでの紹介
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