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 佐 藤 康 三

 
イタリアでの青春

ともかく後先を考えずにイタリアへ行ってしまい、20代の青春の全てを過ごした地。着いた日、車窓から望んだ青紫色の空とシプロス、ヒマワリ、葡萄畑が広がる。いつまでも暮れない、夏の夜のトスカーナの田園風景は、今でも忘れられない美しさです。

1973年当時、日本には伊和辞典しかなく、和英、英伊、そして伊和で勉強したペルージャ外国人大学のイタリア語学の日々。本気であんなに勉強したのは僕の人生では空前絶後。イタリアには、日本でいうところのデザイナー・クラフトの概念が無かったこと。アッカデミアにデザイン学科が無かったこと。当時、ミラノにデザインを教える学校はポリテクニカ ディ デザイン1校しかなかった。尊敬するブルーノ・ムナーリが主任教授だったこと。フトゥリズモの巨匠サルバトーレ、マックス・フーバー、ウォルテル・バルメル、ロセッリ、ベルナスコーニらの教授陣に教わったこと。ミラノ、ヴィア、バッシーニに有った学生寮で、毎日ドンチャン騒ぎをしていたこと。でも、いやになるほどお金がなかった。卒業時、ムナーリ教授に10年後デザインで生活できていたらセンスのかけらが有ることを認めるといわれたこと。どん底の景気の中、ロドルフォ・ボネットスタジオに奇跡的に勤められたこと。ボネット氏がすごい苦労人哲学者であったこと。モデリスタのサッキから、頻繁にデザインフォルムの秘密を教わったこと。手がけていたテレビ、ヴォクソンシンテジ26が大ヒットして、ミラノ中央駅の全ての壁面にポスターが張り巡らされたこと。帰国時、ボネット氏が泣いて別れを惜しんでくれたのが、師の最後の姿となってしまったこと。

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当時の佐藤氏(写真中央)

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現在の佐藤氏

佐藤康三
プロダクトデザイナー
  /デザイン・ディレクター

1951年東京生まれ。1973年渡伊。1976年、ミラノデザイン工科学校インダストリアルデザイン科[Scuola Politecnica di Design di Milano. Sez. Industrial Design] 卒業後、ミラノ、ロドルフォボネットスタジオにて、プロダクトデザイナーとして活動を始める。1983年、株式会社コーゾーデザインスタジオ設立。都市環境から生活雑貨までのデザイン開発実施。

主な受賞に、1988年、1991年、1993年、通産省グッドデザイン中小企業庁長官特別賞受賞、1996年SDAサインデザイン優秀賞受賞、99年同準優秀賞受賞。1992年生活雑貨[KOZO PROJECT] がクーパーヒューイット美術館、モントリオール装飾美術館永久保存。1999年 ICSIDより、国際的デザイン専門職能者(Design Experts worldwide)に認定される。

グッドデザイン賞審査委員
日本デザイン事業協同組合 理事


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