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イタリアデザインの舞台裏
今ではコンピュータを多用するようになったデザイン作業ですが、イタリアに渡った80年代後半は、図面と木/粘土/ペーパー/スチロール等のモデルによって形を創り出していました。
当時、全盛を迎えていたイタリアン・デザインブームの火付け役であるメンフィスの作品から、カッシーナやフェラーリ製品に至るまで、実は地道なプロセスに基づいています。
モノを創るとは、新しい行為を創ること。その行為に形を与え、世に送り出すまでには、多くの専門家を介していきます。
デザイナーは、クリエーターとしての決意と熱意を表わすラブレターとして、さらに冷静、且つ、緻密な指示書として図面を描き上げる。そのラブコールを3次元化してくれる、ジョヴァンニ・サッキ氏をはじめとするモデラーとの連携作業、さらにクリエーターと対等な立場でディスカッションを行う企業マネージャーへと、一丸となった環境が整っていました。
最後に、イタリアデザインに纏わる言葉として、
“何故イタリアはデザイン先進国になったのか?”に対する答えとして、
“陽の光が強かったから。”(美しい形は、美しい影をも持ち具えるの意。)
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 現在の橋本氏
橋本昌也
1964年 東京生まれ。
1982年 東京都立芸術高校デザイン科卒業。
1986〜91年 渡伊。ISAO HOSOE DESIGN STUDIO 事務所勤務。
1992年 帰国。ハシモトデザインスタジオ設立。
主な代表作:BIO TABLE(イトーキ)、SWING Chair(Cazzaro&内田洋行)、クッキングディスペンサー(日本タッパーウエア)他。
2000年 SMAUデザイン賞審査委員。
現在、個人デザイン事務所にてデザインに従事、さらにドムスアカデミー日本代理として日伊間の多様なデザイン交流業務を行う。 |