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第二回 織部賞 グランプリ受賞の生け花作家・中川幸夫氏

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  中川氏
↑ 受賞の喜びを語る中川幸夫氏 右後方はその様子を撮影する荒木経惟氏

中川幸夫 ながかわゆきお
生け花作家
1918年、丸亀市生まれ。3才のとき、怪我がもとで脊椎カリエスにかかる。小学校卒後、大阪の石版印刷屋へ奉公に出るが、病気により9年後帰郷。祖父、おばが池坊に属していたことから、いけばなを始める。49年「いけばな芸術」へ送った作品写真が重森三玲に認められる。51年家元と衝突、絶縁状を叩きつけて上京。84年銀座で「花楽」と題した個展を開催し、美術関係者に好評を博す。以後、個展のほか音楽家・舞踏家などと花パフォーマンスを開催。ガラス器の制作や書も手がける。作品集に『中川幸夫の花』『花のおそれ』など。



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  「織部と聞くと、まず織部が五輪の牡丹を生けたことをおもいます。花を生けているものとして、牡丹は一輪をすわるがごとく生けるというのが常識です。それを五輪、しかも茶室できっと一輪に見せるように生けたのでしょう、まったく大胆で挑戦的な発想に驚きました。また、織部の沓形茶碗でお茶をいただいたときに、かどばったように見える茶碗が、その形から想像される感触を裏切るかのごとく、掌になんともぴったりおさまる心地よさに感心しました。ものの形、手のひら、土の状況をよく知っているなかなかの曲者だとおもいました。今回、はからずも織部賞をいただくことになり大変感激しております。私は花をもって世紀末に立ち向かおうとおもいます。」 ── 受賞のコメントより
 
 『花坊主』中川幸夫1973年
 ↑ 中川幸夫 『花坊主』 1973年 カーネーション900本 自作ガラス器 32×80×55cm
 →大きなサイズ(26k)

 


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