このように植物は庭園をデザインするための重要なエレメントであり、生き物を愛でるというより、建材のような扱いであったようだ。改良を重ね、品種を生み、美しく見せることで家の繁栄を象徴していた。
庭園にナーサリーの存在は必須、ナーサリーもまた時代を追って常緑主体から果樹、花類と需要に応じて変化している。そのカタログの内容に合わせ、また時代にあわせデザインを変えてきた。
ピストイアのナーサリー誕生は1849年、この地に最初の苗が植えられた年である。
Piante Matiは1909年発足、最初のカタログ製作はその20年後の1929年、今から約80年前である。カタログデザインの変化にも当時のストーリーが隠されている。
このデザインの変化にまつわる話をFrancesco氏に取材した。
カタログの表紙・裏表紙を抜粋、年代順にご紹介しながら、取材内容をご紹介する。
|

|

最初のカタログ
1909年発足時の名称Stabilimentod’orticultura CASIMIRO MATI&FIGLI(カシミーロ・マーティと息子の園芸農場)はその後現在のPiante Matiに変更された
|