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ロンドン 霧の向こう側
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第13回 (7)
Le Parkour ─ 都市を捉えるもう一つの視線





■ フランスの退屈な郊外で生まれたアート・オブ・ムーブメント


パーコーの始まりは、パリ郊外の退屈な裏寂れた街でなんとかグレずに生きている二人の少年だった。何の楽しみも無い日常。そんな中で、公園のベンチや小高い塀等を飛んだり走ったりしている少年達がいた。デイビッド・ベルとセバスチャン・フォーカンの二人は、その子供の遊びをもっとダイナミックなスポーツに発展させて行った。それは今から15年ほど前のことで、ベルの父親がアーミー式のトレーニングを取り入れた事や、ベル自身がかつて少林寺拳法を習っていた事に大きく影響されながら、今やアート、哲学とまでいわれるようになったパーコーが育まれて行ったのだ。

そして、パーコーは、一言で言うなら剣道や柔道と同じように「道」である。なにやら大げさに聞こえるかもしれないが、鍛錬とか、規律とか、そして武士道のような美学が、彼らの言葉や行動の端々に見て取れるのだ。多くは10代の彼らの口から鍛錬とか規律、哲学といった言葉を聞くのは、初めは意外な感じがした。だが話を聞いていくうちに、パーコーがストリートアクティビティーを超えて、生き方そのものになっているのだということが分かってきた。

話をしてくれた少年達の多くは恵まれているとはいえない環境出身で、低所得者住宅であるカウンシルエステートに住み、人生の目的も無く無為に過ごし、犯罪に走ってもおかしく無い状況だったと振り返る。だが、今の彼らは皆、明瞭に筋が通った話し振りで、表現力も表情も豊か、そして自信に満ちた目をしている。ただたむろしているストリートキッズとは明らかに違う物を感じた。だいたい得体の知れない日本人のおばさんである私にも、誰もが実にフレンドリーだった。

「僕はいつも悪態ばかりついて、いつもイライラ怒っていた。あのままだったら人生だめにしていたと思う。友達に誘われてパーコーをやるようになって、僕は変わったよ。ジャンプの前には流れを慎重に検討するし、一つ一つの動きを練習して、絶対に焦らない。自信がついて初めて実際に挑戦するんだ。めちゃくちゃやって失敗するより、100回練習して成功したい。パーコーでのトレーニングが、僕の生活全体を変えたんだ。とてもいい規律を与えてくれた」

「誰かが飛んで見せたから自分もやってやるっていうものじゃないんだ。見せびらかしても仕方が無い。パーコーは自分への挑戦であって、競争じゃない。トレーニングと気持ちの集中が何より大切。肉体的には可能でも、精神的に自信が持てなければ飛べない。パーコーは、自分の気持ちをコントロールする事でもあるんだ」

「パーコーはメディテーションのようなもの。準備を整えて、気持ちを集中させると、自分と障害物しか見えなくなる。パーコーは、規律の大切さや自分自身について教えてくれた。自分の生き方そのものになったんだ。もうばかな事はやらないし、前を向いて走っているよ」

パーコーは、見た目はクールでかっこいい。だが危険と隣り合わせである事実が、自然に自己鍛錬に励み、日常生活や精神面までも変えていく力になっているようだ。難しいジャンプを克服する事が、精神的自信につながって行くのだろう。そしてそれは少林寺拳法や武術の哲学と流れを同じくしている。

「パーコーは自分の中の恐れやデーモンと闘うことなんだ。そして、それを人生に応用するんだよ」

パーコーのアクティビティ自体は、直接デザインとは関わりが無いかもしれない。だが、既に存在する物を違った目で捉えること、本来の意味や用途に捕われずに冒険、挑戦すること、そういったパーコーの精神そのものは、クリエイティビティに通じる。それが建築をやる私の潜在意識に訴えかけたのかもしれない。だが、そんな理屈を抜きにしても、パーコーはダンスを見るように興奮してしまうのだ。最後にUrban Free Flowのウェブサイトから抜粋した写真と、夕暮れを背にした取材最後の写真を見てもらうと、それをもっと感じてもらえるかもしれない。
©Urban Free Flow
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