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■ Dunkers Kulturhusダンカース・文化センター(2002年)
デンマーク・ヘルシンオアから船で対岸のスウェーデン・ヘルシンボリに渡ると、波打つ屋根が特徴の白亜の建物群が見えます。これはヨーン・ウッツォンの息子、キム・ウッツォンが設計した総合文化施設です。アートギャラリー、シアター、バレエやモダンダンス用の舞台、ジャズや室内楽のコンサートホール、ミュージアムショップ、レストラン&バー、コンファレンスホールなど、多様な文化施設が一同に会しています。アートや音楽学校も併設されており、住居スペースもあります。建築に関していえば、父親のヨーン・ウッツォンもそうですが、同様のデザイン・ヴォキャブラリーを連続して用い、それを組み合わせることによって単一性の中に多様性を作り出しているのが特徴といえるでしょう。
Dunkersとは地元出身の実業家で慈善家だったHenry Dunker(1870-1962)の名をとってつけられました。彼の残した膨大な財産は、文化センターの他、ヘルシンボリ大学、アート・ミュージアム、ヘルシンボリ・オリンピック・スタジアムなどにも寄贈されています。
私が訪れた際に行われていた展覧会は、スウェーデンの工業デザイナー、スティグ・リンドベリStig Lindberg(1916-82)の回顧展でした。リンドベリといえば、色鮮やかな陶器のテーブル・ウエアが有名ですが、この展覧会では表情豊かな陶器の人形が数多く展示されており、見ごたえのある展覧会でした。リンドベリはテキスタイル・デザインや絵本の挿絵などでもその名が知られており、日本でも近年ブームが沸き起こっています。
今回のリポートではウッツォンの建築を取り上げましたが、コペンハーゲンにはこの他、第4回のリポートでも紹介したBagsvard Kirkeバウスヴェア教会(1976年)があります。こちらも白を基調とした開放的でモダンな教会です。ウッツォンの建築作品を堪能したい方は是非とも足をお運びください。先にも述べましたが、彼はシドニーのオペラハウスの設計に専念するため、一旦デンマークからオーストラリアへオフィスを移転し、全力を投じます。しかし彼の努力と熱意は報われず、悲劇が起こりやむを得ずプロジェクトを退くことになります。その後彼は祖国デンマークには戻らず、スペインのマヨルカ島で海を望みながら、実質上隠居生活を送っていました。そのためウッツォンは実現した建築作品が少ないのです。現在は祖国に戻り、息子に建築の仕事を一切まかせ、静かに老後の生活を送っています。
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【 37 】 オアスン海峡から望むヘルシンボリ。


【 38 】 船。


【 39 】 海辺から望むDunkers Kulturhus外観。


【 40 】 白亜の文化施設。

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