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 07. 企業デザインの系譜
 


補足説明
● 産業社会とインダストリアルデザイン

アメリカの職能団体IDSAは、インダストリアルデザインを次のように定義する。
「インダストリアルデザインとは、専門職能(プロフェッショナル)によりおこなわれるサービスです。それは、使い手と作り手の相互利益の視点から、製品やシステムの機能、価値、外観を最大限にいかしたコンセプトや設計明細を創造し開発することです」
この内容は、フリーランスのデザイナーがクライアントに対しておこなうデザインサービスの定義としては的確であるものの、インダストリアルデザインが成し遂げた成果(少し見方を変えれば悪行)に比べると、あまりにもささやかなように思われる。

デザインという行為は、ある意味でプロセスであるため、デザインを依頼された側というより、デザインを必要とした側に立った方が全体像が見えやすい。そうした視点から見れば、今日のデザインは、大量生産されたものを大量に売ろうとしたときに自然発生したと考えるのが妥当であろう。生活者は要求も違えば好みもバラバラ。この生活者を産業が操作可能な消費者へと変えていく方法としてデザインが生まれた。というより「器用な人」が集められ、彼等の活動が市場原理の中で修練されていくことによってより有効な方法論が生まれる、それを後付的にデザインという言葉で呼んだわけである。
デザインを必要としたのは、まず「大量に販売するには何かが欠けている」と気付いたビジネスマンである。そしてそれを観察しながら「生活者の欲望を、デザインを活用して操作すれば、市場は無限といって良いほど拡大できる」ことに着眼した企業経営者達が続く。特に後者は今日風にいえばある種のビジネスモデルであり、これがデファクトスタンダードとなって推進された社会を20世紀の産業化社会と呼ぶべきであろうが、戦略眼をもった彼等こそがインダストリアルデザインの担い手であり、本当の意味でのインダストリアルデザイナーであった、と考えることもできえる。

ただ、このような欲望の拡大に依存した社会は終焉を向かえつつある。であるなら、インダストリアルデザインもまた過去の遺産と化しつつあるだろうか。

興味深いのは、「器用な人」の末裔であるインダストリアルデザイナー(特に日本のデザイナー)は、上述のような産業のダイナミックな展開には、乗り切れなかったように見受けられることである。乗るだけの能力がなかったという指摘もできようが、欲望を刺激し無理にでも市場を拡大していくビジネスモデルの危険性を、薄々ながら気づいていたからではあるまいか。
産業活動の中で、インダストリアルデザイナーには、「生活者の視点から生産を見る」という役割が与えれらてきた。言うまでもなくデザイナー自身も一消費者であり、そのような意味で「デザイナーは産業活動に参加した唯一の消費者」なのであろう。産業活動の外側から見れば問題点も危なさもわかる。

この産業と生活の結節点に位置していたからこそ、デザイナーの価値、言葉を換えれば提案者、代案提示者としての価値を発揮できたのではなかろうか。

今日の社会的課題の多くが、生活者を生産者と消費者に分断したことによって生じたとすれば、その中間に位置し提案者としての役割を果たしてきたデザイナーは、意外なほどに鍵を握っているのかもしれない。デザインはプロセスであるだけに、生活者と生産者の語句を入れ替えても成立する。またデザインが実践してきた市場開拓プロセスも、ビジョン(仮説)を提示しそれへの賛同を得てものごとを進めるプロセスと置き換えれば、社会全体を推進する回路として、ますます重要性を帯びていることもわかる。
デザインは、ある意味で産業化社会の「鬼っ子」である。そのことを自覚し「いま誰がデザインを必要としているか」を受けとめたとき、新たな課題、役割が自ずと見えてくるのではあるまいか。




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