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デザイン ゼミ
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 01. 技術・芸術…
 


1 技術・芸術・デザイン (要旨その1)



フィリップス(オランダに本社を置く巨大企業)のインダストリアルデザイン部門の壁に、「橋をデザインするのではなく、河をどどう渡るかをザインするのだ」という標語が掲げられていたと聞きます。河の渡り方を考えること(コンセプト)がまず先行し、そこからかたち(造形)が導かれる。つまり、「橋のかたちを云々する前に、それが必要なのか、別の回答があり得るかをよく考えなさい」という戒めでもあるのでしょう。「デザインとはコンセプトと造形が一体になった思考」であることを語る、すばらしい名言でしょう。
しかし少し考えてみると、この標語は技術分野にも充分あてはまるし、「橋を描くのではなく、出会いと別れを描くのだ」と置き換えれば、芸術分野にも通用します。「ものごとを具体化すること」の本質は皆同じであり、それを芸術だ技術だ、いやデザインと区分して捉えること自体がおかしいのかもしれません。この授業の趣旨も、実はそのことを問い直すことあります。
ただ私達は、少なくとも20世紀を通じて、この3者を別のもととして捉えてきました。そうすることにより、それぞれの思考・方法論を発展させたきた。特に「デザイン」は、芸術と技術の間に存在しうる様々な思考を包含しつつ発展してきたように思われるのです。

そこで、あえて芸術、技術、デザインの3者を対比的に捉えることによって、「デザイン」という思考の特徴を、少し浮き彫りにしてみたいと思います。
試みに、先ほどのブラウンの例に乗っ取り、アーチスト、エンジニア、デザイナーの3者に橋をつくることを依頼したとしましょう。
アーチストの回答は、まさか彫刻で橋を飾ることではないはずです。彼がアートの今日的課題(たとえば人間の根元的なむなしさを語ることなど)を真剣に考えているなら、遠目にはがっしりしているが、近寄ると見えなくなる蜃気楼のような橋、あるいは河の途中で突然終わってしまう橋といったものを提示するかもれません。よってこの橋は、何ら実用には供さない。ただしその語りかける言葉によって、その街の人々の、感受性や洞察力といった人間的な能力は高まるかもしれません。その意味では、充分役に立つ活動ともいえましょう。
一方、エンジニアの場合は、橋を架けることがその職能の範囲とされているだけに明解です。物理的な移動の状況を調べ、河や付近の土壌の特性を把握する。用意できる資金を念頭に置きながら、適切な工法を選択し実行する。プロセスも極めて明解です。ただ少し残念なことは、その解が際だっていればモニュメンタルな力を生みだす可能性はあるものの、通常は便利さ故に、その橋があること自体、何ら人々の意識にのぼらなくなるかもしれません。

さて、デザイナー(この場合は建築家も含まれる)はどうでしょうか。現実にデザイナーが大きく関与した事例は少ないものの、次のようなアプローチを採ることになると考えられます。まず、その地域全体が見通せる場所に立って眺める。不便を感じている人、あるいは橋がないことでかえって潤っている人の話を聞いてみる。また街の発展を歴史を紐解いてみる。こうして景観(物理的な環境だけでなく、そこでおこなわれる生活の営み、文化的背景なども含めた概念と考えるべき)を身体的に受けとめながら、あるべきかたちをイメージしていくことになります。
一般に、景観に対する人工物の与え方は、「なじませる」「つなげる」「きわだたせる」という3つに区分できると言います。「なじませる」は、新しい人工物あることをことさら意識させないよう、景観に溶け込ませること。「きわだたせる」はその逆で、あえて異なるものを持ち込むことによって、ある種の緊張関係を作り出そうという解決策。そして「つなげること」は一寸難しいのですが、リズムを与えることと考えればよいでしょう。ただしこのいずれを採るかはケースバイケースで、一般解は成立しません。それは、デザイナーがその土地でその橋を、つまり、「河の渡り方」をどう考えたかという思想の問題でもあるからです。ただ、すくなくともデザイナーは、人間を中心に考えようとはしているはずです。当面の実用性を越えて、街の記憶のなかにどう定着させていくかという視点から、橋のあり方を見通そうとしているのかもしれません。

さて、この様にみただけでも、芸術、技術、デザインのいずれもが人間にとって大切な思考であるということ、そして、どれか一つのアプローチが絶対的に正しい訳でないく、むしろそれらが渾然一体となった捉え方、考え方が必要であるということが理解いただけたかと思います。実際のところ、私達は場面場面で芸術、技術、デザインをうまく使い分けて、直面する問題を解決しているのですが、それぞれが独立した職能としても成立しているが故に、「専門の壁」に阻まれて、ごくあたりまえのことが見えなくなっているように思います。
そのことを、同じ機能をもち同じシーンに登場する機器のデザインを比較ししながら考えて見ましょう。

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