JDNトップへ
デザインリポート
東京アートレビュー
 ジャパンデザインネット
 リポート
 東京アートレビュー
 


第61回
テオ・ヤンセン展
― 新しい生命のかたち ―


 update 2009.03.18

リポート : 八木あすか / 美術・デザインライター 




オランダ人アーティスト、テオ・ヤンセンのつくりだす、ストランドビースト(砂浜生物)たち。私たち人間の身体のたんぱく質にあたる部分がプラスティックに置き換えられ、風を摂って生きる、食物連鎖の範疇外にあるこの不思議な生きもの。どこか懐かしいような近しさを感じるのに、地球上のこれまでの生物とはまったく異なる軸の上に存在しているのです。

今回、脈々と独自の歴史を紡いでゆく彼らの、すでに化石となった初代から、最新の生きているビーストまでが、東京・日比谷の地で一堂に会します。テオ・ヤンセンの作品群はアジア初上陸となるのですが、オランダの砂浜に棲息していたビーストたちが、進化の過程の必然によって海を渡り、日本に文字通り“上陸”したかのような感があります。

舞台は、日比谷のビル街の一角にある都会の中庭、日比谷パティオです。いずれは時の流れと内外の要請によってその姿形を変えてゆく、ビーストたち、私たち、そしてこの場所。三者の刹那の邂逅であり、それぞれに永遠に遺る記憶をもたらす可能性のある場になっています。






会場風景 【 写真 1 】
体育館のような巨大な空間に、テオ・ヤンセンが「私の脳の子供たち」と呼ぶ歴代のストランドビーストたちが集い、彼の「創世記」を体感することができます。

地球の地質時代を表す、「シルル紀」「ジュラ紀」「白亜紀」などの言葉の響きに、ぞくぞくするものを感じる方は少なくないのではないかと思います。遥か古代への憧れからか、はたまた身体のどこかに残る遠い記憶が呼応しているためなのか、ざわざわと不随意に背筋を走るあの震え。それでは、これはどうでしょう。「グルトン期」「コルダ期」「カリダム期」「タピディーム期」「リグナタム期」「ヴァポラム期」「セレブラム期」…同じようなざわめきが感じられないでしょうか。実はこれら、テオ・ヤンセンの創りだした進化史の時代名なのです。私たちとはまったく異なる次元の生物の歴史であるのに、同じ震えが呼び起こされるところが不思議です。

ともあれ、遡ること20年強。「テオ・ヤンセンが夢見ることによって生存」していた生きものたちが、ある日、彼の脳内からコンピュータ上へと移されました。自然界と同じように偶然の要素を組み込んだ世界で、シンプルな線状生物だったものが進化を開始。生殖のたびに古い世代の身体の一部をコピーし、環境とテオの夢に適応するように幾世代かにわたる進化を遂げた後、1990年、ついにコンピュータを飛び出して現実世界に具現化されます。そこから現在に至るまでに、前出の7つの時代を経て進化を続けてきました。

展示風景 【 写真 2 】
アニマリス・ヴァルガリス(基本のビーチアニマル)
0.6×2×2.5メートル

グルトン期(テープの時代)、最初のビーチアニマル。プラスティックのチューブを梱包用のテープで繋いでつくられています。16本の脚をもっていて、仰臥しているときに限りこれらを動かすことができたそう。在りし日には、左右に4枚ずつ、風を摂るための羽根もそなえていました。

複数の脚、仰向けという要素から、虫に変身したグレゴール・ザムザが連想されます。人間であったときから自分を護るように埋めていた外堀が、虫の姿でひっくり返って起きあがれなくなったあたりから目に見えるかたちで狭まってゆき、自身の存在を脅かしてゆく…しかし、このアニマリス・ヴァルガリスにとっては、ザムザとは逆に、仰向けで蠢く状態が生命活動そのもの、世界のすべてなのです。

汎用性に富み、構成によって強度が増すこと、そして神経を通したり記憶を貯めたりできることから採用された、クリーム色のプラスティックチューブ。ビーストたちの骨格であり遺伝子であるこの素材、実はテオの故郷オランダで一般的に用いられている配管用のチューブなのだとか。かの地の生活の裏に張り巡らされている身近な素材。ビーストたちと触れあうことによって私たちの身に起こる共鳴も、オランダの人々にとっては、より肌の底に訴えかけるような深いものなのでしょう。

次ページに続く





ザ 会場風景
【 1 】 会場風景

展示風景
【 2 】 展示風景
アニマリス・ヴァルガリス(基本のビーチアニマル)
0.6×2×2.5メートル



  1  
  2  
  3  
  4  
  5  
 N E X T