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第57回
ヴィルヘルム・ハンマースホイ 静かなる詩情

 update 2008.11.19

リポート : 八木あすか / 美術・デザインライター 




19世紀末のデンマークで活躍した、北欧の象徴主義美術の代表者とも称される画家、ヴィルヘルム・ハンマースホイ。
北欧特有の白くひかる太陽に、穏やかに霞む色彩。静謐さと浮遊感を併せもつ独特の画面。日常に根ざした題材。視覚を烈しく刺激するようなインパクトはどこにもありません。にもかかわらず、作品を眼にした瞬間、やわらかな羽衣に絡め取られたように、視線も感覚も動きがとれなくなってしまいます。言葉ではうまく形容しきれない、直接身体の深奥、感覚の根の部分に訴えてくる静かな引力。今回の展覧会は、その捉え難い魅力の実体に、日本では最多となる作品数と数々の工夫により立体的に迫る構成になっています。






T. ある芸術家の誕生

ハンマースホイの初期の肖像画、風景画、室内画が展示されたこの章。
光と色彩の巧みな扱い、以降の作品に反復されてゆくモチーフ、“美”を掬いあげる独自の視点などが、この時期にほぼ確立されていることが判ります。

「若い女性の肖像、画家の妹アナ・ハンマースホイ」
1885年 ヒアシュプロング美術館
Photo (c) The Hirschsprung Collection, Copenhagen / DOWIC Fotografi

【 写真 1 】

その後の作品にもたびたび登場するハンマースホイの妹・アナ。彼女の愛らしさと若さゆえの不安定さがクリアに描き出されているのですが、どうしたことか、見れば見るほど実体が霞んでゆくような錯覚にとらわれます。静かな画面ながら、その色遣いと筆致が保守的なアカデミー派に受け入れられず、これに反発した私塾派とのあいだに作品をはさんで激しい悶着があったという、穏やかならざるエピソードも。独特の浮遊感、色彩の配分、モチーフの配置についての厳格なこだわり。ハンマースホイは、どんなにさりげない日常の光景にも、自前の美学にもとづいた尺度や秤を導入しています。同じようにアナを描いた作品で、眼を凝らすとうっすら残ったアタリの枡目が見出されるものも傍に展示されています。

同章に展示されている他の作品からも、迷宮へ入る前のアリアドネの糸として手にしておきたくなるような、のちのハンマースホイに繋がる端緒が次々に発見されます。光によって浮かびあがる有象無象についての鋭敏な感覚をみせる、古代ギリシャ彫刻アフロディテをスケッチした素描。 一見、おっとりとした空気で充たされて見える風景画は、微かな違和感を辿って注意ぶかく観察すると、建物の上下や画面の部分によって複数の視点が入り混じっていることが判ります。ハンマースホイ初の無人室内画である「白い扉」(1888年)には、人間が光に因ってものを識るその理や、普遍の美のイメージを託す媒体としての“誰もいない部屋”の構想が既に顕れています。

次ページに続く





若い女性の肖像、画家の妹アナ・ハンマースホイ
【 1 】 「若い女性の肖像、画家の妹アナ・ハンマースホイ」
1885年 ヒアシュプロング美術館
Photo (c)The Hirschsprung Collection, Copenhagen / DOWIC Fotografi



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