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第32回
ベルギー王立美術館 展

 update 2006.10.18

リポート : 八木あすか / 美術・デザインライター 




ベルギー…フランドル絵画といえば、芸術を守り育てる環境の上に育った、確かな技術と濃やかな観察によって描かれた世俗画や宗教画が幾つも思い浮かびます。公のものでありながら、当時の生活習慣の記録になっていたり、作家個人のメッセージを巧みに織り込んであったりと、絵画内に入り込む糸口も多く、またその中でゆっくり味わえる懐の広さも持ち合わせているように思います。
そんなフランドル絵画、初期のブリューゲルから近代のマグリット、15世紀から20世紀までのなんと5世紀分を巡る旅です。







イカロスの墜落 【 1 】
ピーテル・ブリューゲル[父](?)
油彩、カンヴァス 73.5×112.0cm


ネーデルラント絵画の父、ピーテル・ブリューゲル(父)の作とされる作品。イカロスといえば、父ダイダロスとともにクレタ島から蝋で固めた翼をもって脱出し、調子に乗って太陽に近づき過ぎ、蝋が融けて墜落死したという、悲劇の…というより、“中庸の徳”を語る上で欠かせない物語の主人公です。
しかし、肝心の彼の姿がなかなか見つけられないのがこの作品の不思議なところ。
涼しさと蒼みを含み始めた夕暮れの風、落ちるまぎわにひときわ輝きを増す陽に、長くのびる影。一日の労働が終わりを迎えようとしている黄昏時。人間も動物も、のんびりとのびをしています。

エメラルドグリーンの海、石灰岩の山々、遠くにかすむ港町の賑やかな赤い煉瓦屋根、夢か現か、霞みながらゆらめき立つ見知らぬ遠い山脈。海中から顔をのぞかせる岩は、夕映えに陰影をつけられると、古代の遺跡のように、例えばバベルの塔の一階部分のように見えてきます。
心地よい倦怠感に充たされた、束の間の、祝福されたような平和な時間。
誰もがその、気怠い甘さに浸っており、水面で羽根を撒き散らしながら藻掻くイカロスには気づいていません。気がついているのは、外側にいる私たちだけ。
しかし皮肉なことに、彼に何かしてやれないかと私たちが絵の細部に目を凝らすほど、世界の奥行きは増し、色彩は踊り立ち、それに反比例するように彼の存在感が薄く、小さくなっていくのです。

世界は、イカロスの存在を特別に排除しようとしているわけではありません。画面内に認められる3人の人物も、お互いの存在には全く無関心です。同じ空間の中に存在しているかどうかもあやしい具合です。
私たちも、気づかぬうちにさんざん、誰かの目に筆にとまったり、見過ごされたりしているのでしょう。どの瞬間にそうなるか、それだけは選べない。それこそが平等、中庸というものなのだという、ブリューゲルならではのひねった道徳画なのかもしれません。

次ページに続く





イカロスの墜落
【 1 】 イカロスの墜落
© KMSKB-MRBAB



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