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<JDN> <REPORT> <西海岸再発見>
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第7回
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サンタ・バーバラ もう一つのカリフォルニア

リポート : 塚本葉子 / デザインライター 


サンタ・バーバラと聞いても日本人にとっては何処のことか検討もつかない人が多いかもしれません。あまり馴染みのない街ですが、青色LEDの開発で世界的に有名になった中村修二教授がアメリカでの勤務地として選んだのがこの街ということで、最近名前だけは耳にする機会も増えてきたのではないかと思います。6回目のレポートで書いたGreen Buildingや科学者の事などから推測すると、シリコンバレーのようなテクノロジー&ベンチャーに象徴される街と思われている方も多いようなのですが、実はそれとは全く違う雰囲気がこの街にはあります。遅ればせながらレポート7回目にしてサンタ・バーバラの街作りのことをお伝えしたいと思います。

スペイン風デザイン

サンタ・バーバラを一言でまとめると「スペイン・地中海風にデザインされた街」といえるでしょう。ミッション・スタイルともスパニッシュ・コロニアルとも言われるスタイルは、カリフォルニア全域、そしてフロリダなどでも人気のあるスタイルですが、特に街全体がその様に統一されている事でサンタ・バーバラは有名です。特徴としては、赤い屋根瓦と白い壁、傾斜の少ない屋根、そして窓や入り口、アーケードなどでアーチが使われている事などです。

このスタイルは全く土着のものという訳でもないし、伝統的というものですらありませんが、ここまで支持を得て、しかもサンタ・バーバラにはこんなにもそれ風の建物が集まっているという事実は、歴史的なことや趣味と人間心理など色々な角度から考えてみると、興味深いテーマといえます。

外に発展しなかった街

サンタ・バーバラは19世紀の終わりから、20世紀のはじめ位まで映画製作会社もあり、チャイナタウンもあり、と、いわゆる現在ロサンゼルス中心部のミニチュア版といったところでした。温暖な気候もあって、中西部から来る人のための避寒地として、リゾート産業も発達していました。フェラガモの創始者であるサルバトーレ・フェラガモが、女優や観光に来る裕福な女性のための靴屋をここに開いたのも、今となってはあまり知る人のない事実です。

鉄道時代に入り、東側を高い山で遮られているサンタ・バーバラは中西部と線路で直接結ぶという事が困難であったために、南カリフォルニアの中心地としてロサンゼルスが急激に発達することになります。アーバン・スプロール(Urban Sprawl)という言葉に表される、アメリカの街が大きく郊外にと広がっていく「発展」の時代に逆らうかのように、サンタ・バーバラは街を拡張することなく、スペイン風の「伝統的」なテイストに統一することを進めていきました。




スーパーマーケットRalphの入り口




消防署




ガソリンスタンド




オフィスビルの入り口。


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