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| 第4回 (2) |
LACMAの改装 |
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■残される建物 今回の改装プランで、取り壊されずに残される建物は、1988年にFrank Lloyd Wright の弟子でもあったBruce Goffが設計した、Pavilion for Japanese Art (日本館) です。外観はカタツムリ、もしくは兜、またはお城の天守閣のような角のある屋根。壁面には障子、もしくは屏風をイメージした飾りが付けられています。内部は通路が螺旋状に造られており、上層部に上れる仕組みになっています。Koolhaasはこの建物が非常に気に入っており、これを取り壊すのは罪だとし、今度つくられる新しい建物にもよく釣り合う、とコメントしていました。 また、LACMAの一番西に位置するLACMA Westは、May. Coというデパートだった建物で、1994年にLACMAによって買い上げられたものです。Albert C. Martin とS. A. Marx が、1939年から40年にかけて設計した、非常に大胆なファサードを持つ建物です。こちらも取り壊さずに残されます。 (これらの写真はこちらにも載っています。) http://www.arcspace.com/architects /koolhaas/LACMA/index.htm ■改装のきっかけは…! Koolhaasは多才な人で、20歳代には新聞記者や新聞をレイアウトするデザイナーを務めていた時期もあったそうです。また、友人と2人でハリウッド映画のシナリオライターを目指し、1974年のしばらくの間、ロサンゼルスに滞在したこともあったとか。そのシナリオは、結局映画化されませんでしたが、シナリオを書く際の、出来事をつなぎ合わせ、エピソードを考えるという作業は、今の建築家になるための下積みになったそうです。ちなみに、Koolhaasが今回LACMAの仕事を引き受ける事になったきっかけは、彼がロサンゼルスに滞在していた際に、LACMAに行ったことはあったが、最初に行った時のことを覚えていないからだとか! ■新しい美術館への期待 Koolhaasのプランに対し、誰もが諸手をあげて賛成しているわけではありません。Los Angeles Times の投書欄を読むと、LACMAの改装に関して非常に活発な議論が行われています。 「美術品を購入するお金も足りないのに、建物にお金を使うなんてもってのほか」「現在の建物は保存するに値するのでは」「今回の決断に関しては、民間人の意見を聞かずに独断で決められた」「9.11のテロ事件以来経済が不安定なのに、美術館の大改装など必要無い」「何年間もの工事の間、美術館が機能しないのは良くない」等々。それぞれごもっともな意見なのですが…。 このリポートを書くに際して、私もLACMAに行ってみましたが、はっきり言って6棟も建物が別々というのは、非常に不便に感じました。土曜日に行ったのに、2つの建物は搬入でふさがっており、別の建物のエレベーターを使って上に行き、連絡通路を使って上層階に行け、と言われる始末。レストランからトイレは遠く、2ヶ所ある入り口のうちの一つは、急な階段だけでエレベーターもつけられていない、といったありさま。バリアフリーの意識が徹底しているはずのアメリカなのに、いったいここはどうなっているの? という印象を受けました。 36年間にわたり、つぎはぎで建物を造っていった結果、非効率的な美術館になってしまったのは事実でしょう。長年市民に親しまれた建物を取り壊す事は忍びないですが、折衷された建物としてLACMAを残すよりは、まとまりのある美術館に作り替える方に、私は賛成します。何より、今回の改装計画は、「大胆」「革命的」という言葉が似合う数少ないプランですから、できあがるのが心から楽しみです。 |
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