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核家族から非核家族へ−新しい家族のための住戸

1950年代の日本の家族のイメージは、父親は仕事、母親が家を守り、子どもは2、3人というもので、夫婦を単位とする「核家族」となっていました。それから半世紀後、「家族とはなにか」という問いかけが、そこかしこでなされています。晩婚化、非婚化、事実婚化、と同時に少子化、高齢化といった傾向の増大は、家族形態のあり方、暮らし方に大きな変化をもたらしました。

両氏は「子どもがいても、母親に仕事があり専業主婦ではない場合、純然たる「核家族」とは言えないのではないか」という考え方のもと、「非核家族」という新しい家族の概念を編み出しました。「非核家族」のための住宅ははたしてどのようなものでしょうか。木下氏は「非核家族のための住まいの可能性をさぐりました」と、実現したプロジェクトを紹介します。





設計組織 ADH 事例紹介




NT(千葉市、1999年) 「 シュフ(主婦 / 主夫)のいない家」
TO(東京都/立川市、2001年) 「若いカップルの都市居住」
SN(長野県、2002年) 「主婦がひとりで住む家」
IS(北海道、2003年) 「 シュフ(主婦 / 主夫)のいない家 2」
SS_白石市営鷹巣第2住宅シルバーハウジング(宮城県白石市、2003年)



NT(千葉市、1999年)

従来の核家族の生活スタイルとは異なる「非核家族」のための住宅として「NT」が計画されました。家族構成は大学教授の夫と医師の妻、娘2人の4人家族。まず、夫婦が住まいに求めたことは、外部からの遮断性と、内部に広がる開放感でした。昼間は留守番をしていることの多い娘達を外から守り、夜は家族のくつろぎと語らいの場として機能させたいということです。
まずは、ワンルームが2階建になった構造で、広々とした空間を確保。

次に「ライブラリー」の設置により、語らいの場を提供します。これは、家族の習慣によるもので、横一列に両親と娘二人が座り、各人の作業をするスペースです。1階の居室に長さ8mのカウンターを設置し、横一列に四つの椅子を並べました。

さらに、この住宅には「オープンスタイルキッチン」と呼ばれるものがあります。「前の住まいに行ってびっくりしたことは、システムキッチンの扉が全部はずされていたこと」というように、夫婦共働きのこの家庭では、誰もが料理をする可能性があるので、どこに何が入っているかが一目瞭然でわかる必要があります。「奥様から、今度の家では格好良いオープンキッチンを用意したい、という希望がありました。」
 
家事のなかでも大きな負担を強いるのが洗濯です。普通は、洗浄、乾燥、畳んで収納というステップをいろいろな場所に移動して行いますが、この住宅では洗濯のすべての動作を1ヵ所で済ませることができます。それが「オープンワードローブ」。バスルームで服を脱ぎ、洗濯機に入れる、洗濯後は大きな開口部を開きそのまま干し、開口部を閉めればワードローブになるというしかけです。


ライブラリー。ここで親も子供も隣り合って各々のホームワークを行う。また学習・作業の合間に憩いの場としても機能する。

オープンスタイルキッチン。誰もが調理に参加しなければならないため、道具や物のありかが一目でわかるように、扉はいっさいなし。

オープンワードローブ。洗濯乾燥室と兼用のオープンな空間。「たたむ」作業を省いた。


TO(東京都/立川市、2001年)

「NTを発表したときに、これこそ働く主婦を支援する住宅だと言われました。」同様の考え方で、都内の小さな敷地に計画された三階建の住宅が「TO」です。家族は夫婦と二人の小さな子ども。「NTのようにワンルームで二層という住宅ではありませんが、建物の三分の一を片持ち梁にすることで、2台分の駐車スペースを確保し、内部は連続的なつながりのある空間となりました。「その結果、母親は子どもの様子をどこにいても感じることができます。」



住まい手(ウチ)と都市(ソト)がインターフェースする。



SN(長野県、2002年)

子育てを終えた主婦のための隠れ家のような住まい。家族はそれぞれが離れて暮らし、集住にはこだわっていないため、基本的には一人暮らしとのこと。「一人暮らしはベッドルームが生活の中心となります。だから、それを取り囲むように諸室を配置し、必要に応じて半透明の可動式間仕切で分割しました。」長野という土地柄、熱効率を考えて、この間仕切で「冬の領域」と「夏の領域」に空間を分割するねらいもあります。「冬の寒冷期は、生活の最小単位としてベッドルーム、バスルーム、キッチンの3室を区切ることで、食と住に最低限必要なスペースが確保されますし、夏は間仕切をはずし、リビングゾーンやゲストのためのロフト空間を解放すれば、居室を広々と使用することができます。」



都市から離れて自然に恵まれた環境の中で、自分自身の生活ペースで暮らすことのできる隠れ家のような住まい。ここの住まい手にとっては複数の「分居」のひとつである。



IS(北海道、2003年)

北海道に計画された地上2階建の住居。医師の夫婦と小学生の子ども二人。隣地に住む祖母から家事などの支援を受けているため、祖母の動線を配慮することが計画上の大きなポイントです。

また、生活スペースを中央に集中させ、周囲をガレージや納戸、サンルームといった「バッファールーム」にすることで、寒冷期の厳しい外部環境から生活圏が守られています。

2階の中央はリビングゾーンで、数段あがったところに各人の寝室が並列に設けられています。この寝室につながる数段の階段、実は、リビングゾーンに椅子を置けば、寝室の床がそのまま子どもの勉強机になります。「これを見た外国人の友人はびっくりしていました。床が伸びて机になるという発想は、土足で生活する欧米にはないですから。その友人は「フロアーデスク」と命名してくれました。」






SS_白石市営鷹巣第2住宅シルバーハウジング
(宮城県白石市、2003年)


高齢者世帯と一般世帯、身障者世帯の混合集合住宅。全18世帯が3つのグループに分かれ、LSA(Life Support Advisor;高齢者をサポートする人)のいる集会スペース「LSAセンター」もあります。各グループには「ソトマ(外間)」と名付けられたウッドデッキのある中庭があり、住民が集まってくつろぎます。各住戸は中庭に面してキッチンが配置されているため、遊んでいる子ども達が見えると同時に、「エンドマ(縁側と土間を合わせたもの)」のスペースを設けてあるので、プライバシーは確保されます。

「公営施設なので補助金でつくられます。計画時には、ウッドデッキの中庭が贅沢なものではないということを宮城県庁まで説明に行く羽目になりました。」と渡辺氏。また、全住戸に間伐材を再利用した編成材を使ったことで、ローコストに自然素材を取り入れることにも成功しています。



編成材のウッドデッキがはられたソトマ、「屋外の部屋」



その他、これから出来上がる作品として、渋谷区のシングル向けの集合住宅や、東雲にワークステーション(代表;高橋寛、高橋晶子)と共同で設計した公団住宅の紹介がありました。どちらも都心部の住居なので、日常生活の中に仕事を持ち込むことを念頭に計画されています。

両氏の共著である『孤の集住体』の編集を手がけた植田氏は、「お二人が設計した戸建住宅の事例を見ることで、その計画の中に、集合住宅の鍵があると感じました。」これまでの集合住宅のしくみは単純で、画一的な住戸プランをつくり、それを敷地面積にあわせて集合させていたにすぎません。一世帯ずつが分かれて住むのか、複数世帯で住むのかという単純なことではなく、集まって生活することで生まれるお互いの関係性について改めて考えることから、集合住宅の計画ははじまります。しかし、設計を工夫するだけで、住民同士のコミュニケーションがスムーズに行くというものでもありません。最終的には建築というハード面ではなく、ソフト面に時間をかけることが大切です。「そのときに、建築も居住者同士が知り合うきっかけとなるように設計されなくてはなりません。日本の集合住宅の問題は、コミュニティーをつくるようにしてこなかったこと。人と人が絶対に知り合わないようにつくられてきましたからね。」と渡辺氏はしめくくりました。海外の事例をそのまま日本に取り入れるのは馴染まない部分もありますが、取り入れるべきところが沢山あるようです。

- 開催日 : 2003年10月23日 -

モデレーター
- 植田 実(うえだまこと)
1935年東京都生まれ。早稲田大学文学部卒業後、『建築』編集に参加。1967年編集長として『都市住宅』を創刊。その後エー・ディー・エー・エディタ・トーキョー編集部にて活躍。1984年よりフリーの編集者。現在、住まいの図書館出版局編集長。













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